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公開日:2024年3月18日
更新日:2024年4月

診療報酬における医療技術の適正評価をめざして
〜客観的データに基づく提案と、
持続可能な国民皆保険制度の次世代への継承

順天堂大学医学部 髙橋和久先生

医療技術の評価は主に外科系技術と内科系技術に大別され、学術的根拠を基に適正な診療報酬として設定されています。内科系技術の診療報酬における評価は、手術などの外科系技術と比較して、定量化の難しさなどから十分ではないとされています。143の内科系学会が加盟し(2023年7月時点)、医学・医療の成果を保険診療に取り入れ医療現場への還元をめざす一般社団法人 内科系学会社会保険連合(内保連)では、この内科系技術の適正評価という課題に取り組んできました。内保連医療技術負荷度調査委員会委員長を務めるなど、長年、尽力されてきた髙橋和久先生(順天堂大学大学院医学研究科 医学研究科長、順天堂大学医学部 医学部長 呼吸器内科主任教授)に、内科系技術の診療報酬における課題とそれに対する提案、そして、医療者として考えるべき国民皆保険制度などについて伺いました。

順天堂大学医学部 髙橋和久先生

(取材日時:2023年8月29日  取材場所:日本化薬株式会社本社会議室)
2024年3月18日公開
順天堂大学大学院医学研究科 医学研究科長
順天堂大学医学部 医学部長
呼吸器内科主任教授
内科系学会社会保険連合(内保連)副理事長
髙橋和久先生

医療技術の適正評価と内保連の活動

内科系技術を定量化し客観的に評価するために

順天堂大学医学部 髙橋和久先生
順天堂大学医学部 髙橋和久先生

医療技術は大きく内科系と外科系に分けられますが、外科系技術は手術などをはじめとして外部から見えやすい、つまり定量化しやすいという特徴があります。そのため、個々の手術に要する時間などを調査したタイムスタディなどをもとに、診療報酬上の個別点数が設定されています。これに対して内科系技術は外部から見えにくく、定量化する難しさがあると言えます。ひとくちに内科系技術といっても対象となる疾患や病態はきわめて多様なのです。例えば、上気道炎、いわゆる風邪の診断から治療に至るまでのプロセスから、新型コロナウイルス感染症による急性呼吸不全、重症肺炎に対する人工呼吸器管理などに至るまで、すべて内科系技術に相当します。しかしながら、それらの診断や治療方針の決定などは診療報酬上では基本診療料(初診料、再診料、入院基本料など)のなかに組み込まれているとされ、現状では、適正に評価されているとは言えない状況にあると考えています。
では、なぜこれまで内科系技術は診療報酬において適正に評価されてこなかったのでしょうか。外科系技術は、診療報酬上の手術分類(診療報酬点数表におけるKコード)ごとに、手術に当たる医師の要件や必要なスタッフ数、所要時間などに応じて点数が定められています。一方で、内科系技術は、個々の技術にかかる手間や労力を客観的に示すデータが存在しておらず、それが適正な評価が得られない要因であると考えられました。

内保連の調査をもとに特定内科診療が診療報酬で新たに評価

そこで、内科系技術の診療報酬上の評価を提案するために、内科系学会社会保険連合(内保連)では内科診療において特に負荷のかかる疾患・病態を選定する調査を行い、2013年には「内保連グリーンブック2013年 内科系技術についての診療報酬評価に関する提案ver.1」1)を取りまとめました。ここでは重症脳卒中や急性心筋梗塞、急性心不全、間質性肺炎(急性増悪)などをはじめとする、内科治療上きわめて労力を要する最も負荷度の高い26の重篤な急性疾患・病態の診療を特定内科診療として定め、診療報酬上の評価を提案しました。その結果、平成28(2016)年度診療報酬改定では、DPC(診断群分類)制度に参加するⅡ群病院(現行のDPC特定病院群)の実績要件3として、特定内科診療が新たに加えられることになりました(DPCでは2疾患を1疾患に統合し25疾患)。

約1,800に及ぶ内科系DPCコードを対象に負荷度を実態調査

しかし、厚生労働省などと議論を重ねるなかで、内科系技術をより正確に診療報酬・DPCへ反映させるには、特定内科診療だけではなく、ほぼすべての内科系技術を網羅した客観的なデータが必要であるとの考えに至りました。そこで、先行研究を含めて約5年以上の月日をかけて、すべての領域を合計すると約5,000あるDPCコードのうち、約1,800に及ぶ全内科系DPCコードを対象に負荷度を実態調査し、2020年に「内保連グリーンブック2020年 内保連負荷度ランクと内科系技術の適正評価に関する提言ver.1」2)を取りまとめました。
私は内保連副理事長、医療技術負荷度調査委員会委員長として調査を担当し、国内96施設(大学病院本院群24施設、DPC特定病院群30施設、DPC標準病院群42施設)に協力を依頼しDPCデータを提供してもらいました。このうち、症例数が特に多い内科系DPC分類から調査対象患者を無作為抽出し、その主治医1,629人の協力を得てアンケート調査に回答してもらいました。この主治医からの患者11,395人に関するアンケート回答をもとに日々の診療の負荷を推計して、ABCDEと5段階からなる負荷度ランクを付けました。さらに、19領域から249人の専門家が参加するエキスパートパネルにおいて、主治医アンケートで聴取しきれなかったDPC分類についても負荷度ランクを聴取しました。本研究の実施にあたっては、各施設の倫理委員会における承認を得たうえで、匿名化したデータを提出してもらっています。

負荷度ランクをもとに重症度、医療・看護必要度での評価をめざす

負荷度ランクという客観的データを構築できたことで、これをもとに診療報酬上で内科系技術を評価してもらう働きかけをしていくことになりましたが、その切り口として、まず急性期の入院患者さんを評価する指標である重症度、医療・看護必要度に着目しました。重症度、医療・看護必要度は、「A項目:モニタリング及び処置等」、「B項目:患者の状況等」、「C項目:手術等の医学的状況」の3つの項目から成り立ち、その該当患者割合が入院料の施設基準にかかわるため、病院の経営上きわめて重要な指標です。ところが重症度、医療・看護必要度には、内科系技術の評価項目がなく反映されていません。そのため、内科医がどれほど負荷の大きな重症者の治療をしても評価されず、外科系手術をする方が重症度、医療・看護必要度が高くなって入院料が上昇する傾向があったのです。
そこで、令和4(2022)年度診療報酬改定の際には、重症度、医療・看護必要度に内科系技術を評価するための新項目として、ABCに続くD項目の新設を提案しました。しかし、重症度、医療・看護必要度は診療報酬の根幹ともいえる基本診療料に関係するので、項目を新たに追加するのは大きな変更になってしまい、中央社会保険医療協議会(中医協)や厚生労働省の理解を得ることはできませんでした。

重症度、医療・看護必要度A項目へ内科系技術の評価などを追加する提案について伺います>