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公開日:2022年2月24日
更新日:2025年5月

地域医療を支えるための新たな取り組み「アポテカプロジェクト」
~高齢化が進む山間部に拠点となるモデル薬局を開設

崔吉道 先生1

現在、国は病院機能を4つに分ける「地域医療構想」と、住み慣れた地域で支え合う「地域包括ケアシステム」と2つの方向性を示しています。
このような体制のもとで、地域医療の支え手として薬剤師に求められる役割とは何か。病院、薬局双方の薬剤師が模索を続けるなか、金沢大学附属病院 薬剤部長・病院長補佐の崔吉道先生は2017年、地域医療の拠点となる薬局をつくるべく「アポテカプロジェクト」を立ち上げました。その現状と取り組みについてお話をうかがいました。

崔吉道 先生1

(取材日時:2020年10月28日(水)  取材場所:ANAクラウンプラザホテル金沢
[リモートによる取材])
*診療報酬については、2022年度診療報酬改定に伴う変更などを追記しております
金沢大学附属病院
薬剤部長・病院長補佐 崔 吉道 先生

薬局を拠点とした新たな取り組み

金沢大学では、2017年から、白山市、コメヤ薬局の2者と共に地域連携の新しい取り組みとして「アポテカプロジェクト」を開始しました。このプロジェクトは文部科学省の「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業※1」の一環として、産官学連携しています。国が推進する地域医療構想や地域包括ケアシステムの方向性を受けて、高齢化が進む地域で、住民の健康維持とそれを支える薬剤師の養成にも取り組むものです。

地域医療構想と地域包括ケアシステムの位置付け

崔先生はアポテカプロジェクトを立ち上げるに至った背景を次のように話します。
「平成の30年間で、社会保障費(歳出)は約12兆円から33兆円に増えましたが※2、医療費はその内の3分の1です。超高齢社会の日本において全ての世代の人が安心でき持続可能な医療体制を構築するためには、増え続ける医療費の適正化だけでなく、介護や福祉、年金を含む社会保障費全体を考える必要があります。つまり、急性期病院での治療を乗り越え、回復期、生活期を経て、健康な生活を取り戻した地域住民の健康を維持し再び患者にしないことや、そもそも、健康な地域住民を健康な状態に維持し患者をつくらないことなども重要であり、これに対して薬剤師が担うべき役割もたくさんあります。薬剤師法(薬剤師の任務)には“薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによって、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする”と明記されています。ところが、住民は薬剤師に対し“薬をくれる人”としか思い浮かばないのではないでしょうか」

そこで薬剤師法にある「公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保する」という面にも貢献する薬局づくりに着手し、2017年10月に、モデル薬局(コメヤ薬局吉野谷店)を設立しました。ここでの事業は住民の健康増進、地域医療を担う人材育成を兼ね備えています。

モデル薬局が開設されたのは、白山市の中山間地にある吉野谷地区です。同地区は人口約1000人のうち65歳以上が4割を占める「超高齢社会」。ここに毎年、金沢大学薬学部の4年生、5年生が8人ほどインターンシップに向かいます。

同地区がフィールドに選ばれたのは「患者の『送り出し』と『迎え入れ』の全体像を俯瞰(ふかん)して把握する場として適している」ことにあると崔先生はいいます。
「金沢大学附属病院は高度急性期医療を担う特定機能病院です。医療全体からみるとごく一部のある意味、偏った患者集団を対象としている訳で、学生が大局的な目を養うには、『迎え入れ』となる慢性期・在宅医療など他のステージにいる患者の生活環境への理解が不可欠です。それらを身に着ける要素が高齢者の多い同地区にはありました」

「買い物難民」の健康な生活を支援する薬局機能とは

モデル薬局には常駐する薬剤師に加えて管理栄養士が頻繁に巡回し、処方箋調剤に加え「健康管理、おくすり相談、教育、栄養支援機能」と「医療や保健、介護への橋渡し拠点機能」も担っています。

これらの機能の促進に一役買っているのが薬局内に併設する物販機能です。
高齢化に加え、物流が乏しい山間地では商店がほとんどなく「買い物難民」が発生しがちです。このような地域では、薬局が食品や日用品を販売する機能を担うことも求められます。外観はいわゆるドラッグストアですが、ここから先が重要です。
物販機能の併設は、住民の利便性に応えるだけでなく、それをきっかけに住民との接点をつくり、積極的に健康指導につなげることを意図しているのです。頻繁に買い物ができず、重い荷物も持てない高齢者が、軽くて持ち運びやすい菓子パンを大量購入した結果、食生活が乱れてHbA1c値が上昇するといった潜在的ないくつもの問題を掘り起こし、必要な対応をしなくてはなりません。そのためには、薬局が地域の住民の消費行動から食生活や運動習慣などを注意深く観察し、栄養支援や運動習慣の指導を行うとともに、必要に応じて受診勧奨や地域の保健師による指導への橋渡しなどのトリアージ機能を発揮する必要があります。

住民への健康相談は、医療機関への受診勧奨や、要指導医薬品を含むOTC医薬品の説明など多岐にわたります。こうした住民との会話を通して、学生は住民のニーズを理解し、地域医療に必要な知識や対応を実践的に学ぶことができるのです。
このように、従来のドラッグストアや、診療報酬上の健康サポート薬局機能に留まらず、「その他薬事衛生を社会実装する薬局」こそが、高齢者人口、年間死亡数や入院患者数がピークを迎えていることや、多くの地域で医療需要の減少が見込まれる2040年の地域を支える新しい薬局モデル「アポテカ」の将来ビジョンです。

診療報酬改定からみえてくる地域医療を支える薬剤師の需要性についてうかがいました>