公開:2022年09月15日
更新:2023年9月

薬剤師に期待する有害事象の捉え方と評価(3回目/全5回)

福岡大学 名誉教授
田村 和夫 先生

福岡大学 薬学部 臨床薬学教室 教授
松尾 宏一 先生

がんに伴う症状の鑑別

田村 がんの患者さんの症状を鑑別する際の重要なポイントは、がんそのものに伴うものと、使用する薬やわれわれが介入することによって起こる問題を分けて考えることです。ただ、それも分けて「これですよ」と患者さんは言ってくれないので、そこを鑑別していくことが必要です。
 臓器にがんが浸潤して起こっている症状ですが、例えば脳に転移があれば痙攣、肺に転移があれば呼吸困難、肝臓にあれば黄疸、腎臓や尿管にくれば血尿や尿閉ですね。それから、血管に浸潤すれば血栓ができたり、あるいは出血したりします。管腔臓器で、胆道であれば黄疸、腸管であればイレウスの症状が出ます。それから、サイトカイン、ホルモン様物質を腫瘍が出して、腫瘍熱もそうですけれども、腫瘍随伴症候群といった全身的な症状が出ます。さらに精神神経的な症状も出てきますよね(図1)。
 そして患者さんを全体的にみて、時間をかけられるかどうかを知ることが大事です。安静に寝ていられなくて、座位でゼーゼー言っている人はすぐ処置をしなければいけないし、何となく慢性に経過していて、徐々に悪くなるような人であれば、診断や治療に向けてそれなりの時間が稼げます。

松尾 緊急性があるか、そうでないかということが大切ですね。

田村 緊急ではないことを、まず判断することが重要です。そこを見誤ると予測に反して患者が重症化して、あとで訴訟が起こったりするわけです。心配であれば早めに対応することです。在宅診療に行って「この人、ゼーゼー言っているな」と思ったら、最寄りの医療機関に遠慮なく紹介することが重要です。
 それと、何の情報もなくポッと行って判断するのは医師でもなかなか難しくて、時間を追ってみていくことによって診断がつくことも結構あります。進行がんで徐々に悪くなっている人に何らかのイベントが起こったとしても、経過を追っていくうちに転移なのか、良性の局所の問題として対応しなければいけないのかがわかってくることも多いです。最初から予測できる全体像がわかっていれば、経過をみながら、いくつかの鑑別疾患、病態を思い浮かべながら治療方針を一つの方向だけでなく考えていくことができます。

図1 がん患者の症状:がんに伴うもの
田村和夫 先生 作成

時間軸的なマネジメント

田村 抗がん薬の有害事象はだいたい予測できるものが多いです(図2)。例えば、一番わかりやすいのは骨髄機能ですね。殺細胞性の抗がん薬であれば、多くの場合、10日前後で骨髄が抑制され、白血球が減少すれば熱が出るだろうし、血小板が減れば出血傾向が出現します。ただニトロソウレア系の抗がん薬などの場合、徐々に骨髄機能が悪くなってきます。予想どおりの回復をしないこともあります。その場合は1回の投与量でなく、トータルの薬剤量が関係します。アナフィラキシーは予測できないことも多いですが、起こしやすい薬はわかりますし、発現時期も知られています。例えば、パクリタキセルは初回から、プラチナ系であれば6コースなど何回か投与したあとに出ます。末梢神経障害もオキサリプラチンによる寒冷過敏は初回から出ますが、寒冷を避ければ回避できます。また間質性肺炎であれば、ゲフィチニブの場合には1か月以内に起こることが多いと言われています。一方、慢性に徐々に来るものはいったん起こすとなかなかよくなりません。数週間、数ヵ月経ってから、だんだん悪くなってきますが、3ヵ月ぐらいまでならそれほど問題にならないこともありますが、重症化する前に中止することが肝要です。心毒性であれば、急性期に電解質異常があったりすると、不整脈でトラブルことがあります。多くは月あるいは年単位で、トータルの薬剤量に応じて出てきます。
 このように時間軸と薬に応じて、だいたいどういう有害事象が出るかわかっています。診察もそれとあわせて診ていきます(図3)脱毛があるか、目をみて黄疸があるか、出血があるか、鼻血があるか、口がどうなのか。それから、頸静脈が怒張しているかどうか、甲状腺が腫れているかどうか。まずは患者さんをパッとみて、顔色が悪いか、目の方はどうか、みえるところでまず全体像をみて、そして個々の眉やまつげはあるか、鼻毛が抜けていないかをみていくと、細かいところがみえてきます。あと、耳が聞こえているかどうか。耳の穴をちょっとみるだけでも何が起こっているかわかることがあります。耳垢で耳が詰まっていて聞こえないこともありますから、そういうことにも気を付けます。そして鼻、口腔内を観察。首をみれば、どこか腫れているかわかると思います。触らなくても、みるだけでもこれだけみえます。

松尾 図2について、薬剤師はたぶん1ヵ月ぐらいのところの症状は薬と関連付けているから得意だと思うのですが、免疫チェックポイント阻害薬など最近の薬はだんだん右に、年単位の薬が増えてきました。年単位となるとなかなか結び付けられません。また循環器系の有害事象も最近、注目されていますが、これらのような有害事象をみつけるのは非常に難しいと思っています。

田村 難しいからこそ、薬剤師に頑張っていただきたいです。免疫チェックポイント阻害薬なども、それこそ数週間、数ヵ月で出ることがありますが、1年以上してから起こることもあります。ついこの間経験したのは、頭頸部がんの方で免疫チェックポイント阻害薬が1年以上も非常に効いていたけれど、体がとにかくだるくてたまらないと言うわけです。「ホルモン環境がおかしいんじゃないか?」と担当医に相談するように言いましたが、改善せず休日だったので救急外来を勧め、最終的にはACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の欠損と診断されました。単独欠損は珍しいうえに1年以上も経って起こります。
 だるいと患者が訴えた時、免疫チェックポイント阻害薬の有害事象としてまず念頭に置かなければいけないのは甲状腺機能異常で、内分泌異常では圧倒的に多いです。そこが異常なければ、副腎皮質ホルモン、下垂体ホルモンをチェックしていけば、今は簡単と言っては語弊がありますが採血して外注に出せば数日で結果が出てきます。症状が出たときに、それを思い浮かべて、一般検査でまず電解質をみます。そうすると、ACTH欠損は副腎皮質ホルモンが減ってくるので、電解質がおかしいのも一つの診断の補助になります。

松尾 症状から考えていくということですね。

田村 そうです。「だるい」という症状から診断に向けて検討していくこと大切です。

松尾 従来の抗がん薬というのは、7~8割の患者に有害事象があって、有害事象をみつけるのが簡単だったのかもしれません。しかし、免疫チェックポイント阻害薬などでは数パーセントですので、それが数年単位で出てくるときにみつけるのは難しいように思います。日ごろのからの注意と意識、いざという時の適切な検査でしょうか。

田村 最初にも言いましたが、患者さんが普通と違うことを訴えたときはアクションしなければいけません。その時に、鑑別疾患はポピュラーな疾患からレアな疾患にいかないといけません。一般検査結果の中のどこか異常が出ていることが結構ありますので、それを見逃さないことですね。例えば、プラチナ系の薬でみられるSIADH(抗利尿ホルモン不適切分泌症候群)では、血清ナトリウム値が普通見られるよりかなり下がっています。さきほどのACTH欠損では副腎皮質ホルモンが減少し、低ナトリウム血症のほかに高カリウム血症もみられます。そういったところを見落とさないようにすることです。

松尾 そして、時系列でみていくということですね。

田村 そうです。電解質の変化を「大したことない」と無視せず、患者さんの訴えからその変化を検討することが重要だと思います。そう言いながらも、時々「あ、そうだったんだ」ということがあります。これだけ長くやっていると。

松尾 後からみれば、ここから数値が下がっていたということがありますね。

田村 でもいったん経験すると、次回からは頭の隅に鑑別すべき疾患としてみます。たまに、アルキル化剤を低い量でやっているから大丈夫だろうと思っていたら、出血性膀胱炎で急に血尿が出てびっくりすることもあるなど、いろいろあります。

図2 抗がん薬使用後の時間軸と有事事象、マネジメント
田村和夫 先生 作成

図3 視覚的に見える異常、問診で気づくこと
田村和夫 先生 作成

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