公開:2021年12月10日
更新:2023年9月

薬剤師に期待する有害事象の捉え方と評価(1回目/全5回)

福岡大学 名誉教授
田村 和夫 先生

福岡大学 薬学部 臨床薬学教室 教授
松尾 宏一 先生

はじめに

松尾 薬剤師が症状モニタリングなどで患者さんをみる機会が増えてきました。ただ、どのような状況でも薬に結び付けながら考えてしまうのが薬剤師の悪い癖だと思います。大学で学生が症状をみて、飲んでいる薬の添付文書を読んで「この副作用です」と持ってきます。医療現場だと、さすがにそこまではないかもしれませんが、やはりそういうところが薬剤師には染みついてしまっていると感じています。このシリーズでは、がん薬物療法の症例をもとに、薬剤師が症状をどのように観察をしてどう考えたか、ということをお話しいただきます。まずは総論として、先生が日常どういうことを考えて診察されているか、患者さんの状態をみる、ということについて田村先生にお話しいただきます。

田村 私が医師になり、実際に病院で勤めるようになって46年。ほぼ半世紀です。この10年ぐらいで大きく変わったのは、薬剤師だと思います。がんの領域だけではなく、糖尿病などもそうですが、特にがんの領域は特殊な非常に毒性の強い薬を使うにあたって、医師だけでも、看護師だけでもなかなか目が届かないところがあります。毒性が強く、しかもいろいろな有害事象も出るので、チームを作って患者さんをみていくことがとても重要になり、その中の一員として薬剤師が直接かかわってくれるようになりました。薬剤師が患者さんのそばまで来て患者さんに薬学的な立場から指導し、一緒に患者さんをみながらチーム医療の中で医師や看護師を教育することができるようになったのは、大きな変革であり進歩ではないかと思います。
 一方で、薬剤師が患者さんのそばまで行き、コミュニケーションスキル、そして実際にどのように情報を引き出し、的確に情報を伝えるかといったトレーニングがどれほどなされているかを考える必要があります。われわれ医師は医学部時代に臨床修練として実際に患者さんを診て上級医からいろいろな指導を受けながら、診療技術を学んできました。さらに卒後も研修医として2年間臨床修練します。そういった教育システムが薬学教育では必ずしもまだ熟していないように見受けられます。

松尾 そうですね。

田村 今後は薬学の学生時代、それから卒後の研修の中で、チーム医療の一員として患者さんを診るトレーニングをいかに充実させていくかが課題だと思います。今回はその考え方、実際の臨床の中で学ぶべきポイントや、最初にお話ししたように、何か症状があるとすぐ薬に結び付けてしまうといったピットフォールなど、薬剤師ががん患者さんをみていくにあたり身につけておくべきポイントについて一緒に考えていければと思っています。

患者さんを診る基本〜生きている証を知る

田村 患者さんを診る上で基本となるのは、まず解剖、つまり形態学です。それから生理学、生化学などの機能を検討する基礎医学です。体の中の基本は骨格や筋肉がどうなっているか、臓器がどこにあって、それがどのように機能しているかを知ることから始まります。

病気、疾病に関して、われわれは「正常」という言葉をできるだけ使わないようにして「生理的な」という言い方をします。生理的な状態から逸脱したのが疾病です。したがって、基本的な解剖や機能を理解した上で、臨床的には、何がどの程度生理的な状態から逸脱しているかを考えるトレーニングが必要です。

松尾 本当は生理的なところと比べてみないといけないのに、患者さんの異常、いつもと違うところだけをみてしまう。多くの薬剤師がそういう患者さんのみかたをしているなと思います。

田村 若い医師を指導するとき、症例プレゼンテーションの際にしばしば注意することがあります。例えば、30歳の男性で病歴・診察上でこのような問題があり、異常値はこうこうである、と悪いところばかり報告しがちです。私はその際にプレゼンターに「患者さんは異常なところばかりで生きているの?」と尋ねます。患者さんが生きているのは、まだ多くの臓器に生理的に機能しているところが残っていて、異常に対応できるだけの代償機能があるはずです。それで何とか生きています。つまりバイタルと全身状態ですよね。それが前提で初めて、本当に異常たるものがわかってきます。

松尾 私が以前、田村先生のところの病棟で研修させていただいた時に、今みたいに先生が「入ってくる水分量、出ている水分量は?」というのをよく研修医などに聞いているのをみて、物事の考え方が自分たちやこれまでみてきた医師と全然違うな、本当に隅から隅までみるのだなと思いました。

田村 結局、人が生きているということは、まず動物(生物)として生きているということでしょう。だから、酸素を取り込んで二酸化炭素を出しています。食物を摂って、それを消化して吸収し、そしていらなくなったものを排泄する。必要なものを取り込んで、それを血流に乗せる。心臓がちゃんと機能して、体中に酸素や栄養など必要なものを運んで、その老廃物が静脈から返ってきます。こういう基本的な動物として、生物として生きていることをおさえることがまず大事です。それを何とかやっていれば生きていけるのです。

そのあたりをおさえて、情報提供するときに薬剤師にもお願いしたいのは、「患者さんが生きている証」をみせていただくことです。血圧が測定でき、脈を触診でき、呼吸をしているか、楽に臥床ができているか、意識があるか、そういった基本的な、生物として支障なく生きているかをまず把握することが重要です(図1)

でも、人はそれだけでは足りません。人として生きているということは、他人とコミュニケーションをとりながら、日常的な営みや社会的活動ができるということです。それらができて初めて人と言えます。すなわち、基本的な生物として生きている、そして社会的に生きている、という両面がないといけないわけです(図1)

図1 田村和夫 先生 作成

薬剤師は何を身につけるべきか

田村 患者さんを前にして、戦う相手として腫瘍があり、腫瘍に対して治療が行われます。治療は患者さんにも影響を及ぼします。われわれは常にこの三角関係の中で診療を進めています(図2)。宿主(患者)においては、臓器機能障害や痛み、痒みのような身体的な問題だけでなく、社会的・精神的な問題も多くあり、それらを拾い上げ理解する必要があります。腫瘍の状態は治療により縮小したり、効かなければ大きくなります。効果があれば患者に好影響を及ぼし、反対に進行すれば悪影響を及ぼします。また治療が宿主に対し有害な反応、つまり副作用をもたらします。こういう三角関係をいつも念頭に置いて診療を進めることが必要です。

図2 田村和夫 先生 作成

そして、患者さんの背景をよく理解して客観的に患者の状態を把握することです(図3)。先ほどあったように、すべて薬と症状、症候、検査値の異常を結び付けるのではなくて、客観的に捉えることが重要です。
 そのためには初心に戻って病歴をきちんと聞いてください。患者さんの状態の把握、診断に結び付くようなきっかけは病歴からが70%です。情報を得るためには、オープンクエスチョンからだんだんクローズドクエスチョンに移していきます。これはもう臨床教育の常識になっています。

図3 田村和夫 先生 作成

松尾 薬学教育でもそう教えています。

田村 ただ、これは高齢者になるとなかなか通用しません。オープンクエスチョンで「どうですか」と言ったら「いや、大したことありません」でおしまいです。

松尾 高齢者になると、理解力の問題から質問の仕方が急に難しくなりますよね。

田村 しかも大きな声でしゃべらなければいけないでしょう。「どうですかー」と言っても、なかなか答えてくれません。「ここはどう、大丈夫? 痛くない?」といったように、最初からクローズドクエスチョンでいかないと理解してもらえないことが結構あります。オープンクエスチョンから始めるのは基本的な臨床教育で重要ですが、これから高齢者がさらに増え、耳の遠い理解力が落ちている方には通常の問診の仕方に馴染まないものもあるということは知っておかなければいけません。

次に病歴・所見をとるときは病態を考えながら行ってください。例えば、頭が痛いと言ったときに「どういうときに頭が痛いですか」から始まって話が進んでいくわけですが、頭の隅でどういった病態で頭痛が起こっているかを考えます。例えば、がんの患者さんで頭が異様に痛くて、少し吐き気もする例を考えてみましょう。がんの患者さんではなく、若い人であれば緊張性の頭痛か、片頭痛のような良性疾患を考えますが、高齢の肺がん患者さんで今まで頭痛がなかったような人が、治療がよく効いているにもかかわらず頭痛、吐き気が出てきたとなると、鑑別診断の一つとして脳転移による脳圧亢進症状、あるいは髄膜播種による髄膜刺激症状を考えながら、病歴や診察をしていきます。

自分が考えている診断と病態が違っていることも結構ありますので、とにかく詳細に話を聞くことです。よくあるのは、誘導尋問をしたがること。自分が考えているストーリーを完結させたいために誘導尋問をすることは避けるべきです。そのためには、客観的に情報を早く患者さんから引き出す必要があります。誘導尋問ではなくて、できるだけ患者さんから話ができるようにします。一つのスキルですよね。

松尾 楽だから誘導に走るのですけれども(笑)。

田村 それから、視野を狭くしない一つの方法は、全身を診るところから始めることです。熱がある、体重減少、食欲がないなど、全身的な症状から始めます。まず患者さんのところに行ったときに「元気ですか。ご飯食べていますか」というところから始まって、「熱はないですか」「痛いところはないですか」といった全身的な不快・問題がないか、そして臓器特異的に頭痛がするか、目は大丈夫ですかなどのように、やっていくとよいです。

松尾 全身から局所に行くということですね。

田村 そうです。そして診察所見を、解剖、生理、生化学を考えながら客観的にとっていきます。フィジカルアセスメントの一つのポイントになります。薬学教育で今、系統立ってトレーニングをしていると思いますが、生涯をかけて修練を積むぐらいの気持ちでやらなければいけません。先に話しをしました病歴を取るのも生涯をかけてやる必要があります。ちょっと勉強・練習したからできるものではないです。 

次に検査です。検査所見をみて、それを解釈しますが、それも解剖、生理、生化学を基本に解釈を導き出せます(図4)

図4 田村和夫 先生 作成

松尾 薬学教育で解剖や生理、そして検査も習いますけれども、それを実地でどのように結び付けるかの能力は十分ではないですよね。

田村 次が診断です。ただ、医師も含めみなさん診断を早くつけたがります。診断が一つつくと医療者も患者さんも安心し、満足してしまいます。高齢者は背景にいろいろな問題がいくつもあって、複数の疾患の症状の一つが前面に出ていることもあります。一つの診断名ではなく、疾患群として考えておいた方がよいことも多いです。そういったことを念頭に、薬剤師も検査所見を検討するだけでなく、有害事象が疑われるときは特に確定診断に必要な検査を医師に提案してください。

治療中の患者さんでは、治療と関連した有害事象と治療の効果の判定材料も注視しながらみていきます。有害事象ばかりみがちですが、薬を処方する際、有害事象を作ろうと思っているわけではありません。効果を得るためにやっています。有害事象ばかりでなく、症状が改善したり、腫瘍が小さくなったり、薬効にも目を向けていただきたいです。

松尾 そうですね。薬剤師の悪いところ、2番目かもしれないです。効果をみないということはあります。

田村 診療のキーワードは「思い込みを排除して、客観的に情報を得る」。診断名を求めるのではなく、まず病態を理解して、大きく疾患群で考えることです。

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