聖路加国際病院における薬薬連携の推進と外来がん化学療法におけるポイント

公開:2021年07月01日
更新:2023年10月

聖路加国際病院薬剤部

薬剤部長 
後藤 一美 先生

現在、聖路加国際病院薬剤部薬剤部長を務める後藤一美先生は、2009年の就任直後に地域の薬薬連携をめざす連絡協議会を設置し、その推進に積極的に取り組まれてきました。今回、がん化学療法や災害時における薬薬連携の具体的な取り組みや、実現するために欠かせないマネジメントのポイント、「進化型」と名づけるこれからの薬剤師像などについて後藤先生にお話を伺いました。
(取材日:2021年4月23日、取材場所:銀座クレストン)

施設情報
聖路加国際病院
〒104-8560 東京都中央区明石町9-1
病床数:520床
薬剤師数:56名

病院・薬剤部の特徴

病院の特徴、役割

1901年、当院は東京・築地に地域密着型の病院として開設されました。創立以来、キリスト教の愛の精神に基づいて運営され、医療を通して地域の精神的な柱となる役割を担ってきました。東京都中央区における唯一の総合病院として年間延べ外来患者数約562,330人、入院患者数約155,825人(2022年度)を受け入れるとともに、三次救急にも対応する救命救急センターでは救急車受け入れ数約11,670台(2022年度)に及び、徒歩で来院される救急外来患者数も1日約100人おり、地域住民の最終的な医療を支える役割を担っています。また、国際病院として古くから外国籍患者さんを受け入れてきた伝統があり、年間延べ約29,447人、国籍は117カ国(2021年度)を超えています。

がん診療においては、東京都地域がん診療連携拠点病院に認定されており、総合病院ならではの幅広いケア力によって、がん患者さんに安心して治療を受けていただけるように努めています。

また、運営母体の聖路加国際大学では、看護職を育成する看護学部とともに公衆衛生大学院を開設しており、附属施設である当院も教育や研究を重視しています。

2020年には、民間総合病院では初めてとなる特定機能病院の承認を受け、これは先進的な医療や研究体制の整備、医療専門職の教育などを積極的に推し進めてきた結果であると思います。

薬剤部の特徴、薬剤師の貢献

当薬剤部は、「患者の笑顔が薬剤師の笑顔になり、薬剤師の笑顔が患者の笑顔につながるように」をモットーに掲げ、薬剤師一同、患者さんを少しでも笑顔にできるように日々の仕事に向き合っています。現在、薬剤部には56人(2021年度)の薬剤師が在籍しており、調剤などの対物業務から対人業務へいち早く展開し、薬があるさまざまな場面に薬剤師が関与して業務範囲を拡大してきました。

外来においては、薬剤の調製はもちろん、服薬指導や手術入院前外来にも薬剤師がかかわっています。薬剤師による周術期の薬物治療管理としては、持参薬の確認や術前中止薬の処方提案、個々の患者さんのアレルギーチェック、また、手術中に使用される薬剤の調製を行い、安全な薬物治療ができる体制を整えています。薬剤師が周術期の薬物治療管理を担う取り組みが全国へ広がることを願って、当院薬剤師に学会発表などをしてもらっています。また、入院においては、病棟薬剤業務を全病棟に展開し、薬剤師ができる限りベッドサイドで臨床業務を担っています。

薬剤師の業務拡大を実現するために、薬剤師が多岐にわたり働くことでどのような効果が生まれているのか、数値による「見える化」を行い、経営陣や事務方に理解してもらう努力をこの10年間続けてきました。例えば、病棟で未然に投与ミスを防止するなどの処方監査や、患者さんの状態に合わせた投与量の提案、検査スケジュールに合わせた投与中止の提案などの薬剤師が行った処方提案の件数が月に約800件あり、年間約10,000件に上っています。

 また、外来がん化学療法での服薬指導においては、医師の診察前にできる限り薬剤師が関与し、抗がん剤の副作用による強い嘔気や疼痛などを訴える患者さんに対して、軽減のための薬剤や増量の処方提案を事前に医師に伝えることで、より質の高い効率的な診療が可能になり、このような提案を1日約15人の外来指導患者さんに対して月に約300件実施しています。がんレジメンに従って基本的には間違いのない処方がオーダーされますが、患者さんの状態変化に合わせた処方提案を行うことができ、これは患者さんにとってメリットがあると言えます。薬剤師の貢献を理解してもらうには、このように数値で表したうえで経済的な貢献を含めた説明をすることも大事だと考えています。

薬薬連携の具体的な取り組みとマネジメント

薬薬連携推進のポイント

  • 病院薬剤師と保険薬局薬剤師が仲良くなるために、連絡協議会を設置し、顔が見えて本音を言い合える関係を構築
  • 合同災害対策訓練を通して各保険薬局と病院の被災状況を情報共有するしくみを策定し、協力し合える関係を構築
  • がん領域の情報共有を促進するため、がんレジメンを病院ホームページで公開し、がん化学療法に関する情報提供書、抗がん剤使用患者の服薬情報提供書を導入
  • 地域の保険薬局薬剤師も対象にウェブを活用したがん関連勉強会を開催
  • 保険薬局からくり返される疑義照会を抑え、より安全な薬物療法を実現するため、チャート修正依頼連絡票を導入
  • 病院薬剤部と保険薬局がお互いの理解をさらに深める努力が大切になり、その実現にはリーダーシップが重要
  • これからは地域の介護職・ケアマネジャーなども含めた多職種連携が不可欠
  • 今後、地域包括ケアにおいてリーダーシップを発揮する進化型薬剤師が必要

図1 聖路加国際病院における薬薬連携の主な取り組み

薬薬連携を推進する取り組み

顔の見える関係構築のため2009年に連絡協議会を設置

当院の院外処方箋発行率は現在では91%に達していますが、この割合の増加に伴って、地域の保険薬局には外来患者さんの医療安全や薬物治療の適正管理を病院と同様に実施してもらう必要があると考えていました。そのためには、お互いの顔が見えて本音を言い合える関係を築くことが大切です。しかし、地域の保険薬局薬剤師と情報共有する機会がほぼなく、顔もわからない状態にありました。そこで、私が薬剤部長に就任した2009年4月に薬薬連携のための連絡協議会を開始しました。根底には、地域の保険薬局薬剤師と「仲良くなりたい」という気持ちがあり、同じ薬剤師として対等なパートナーシップ、フレンドリーシップを作り上げていきたいと考えています。

連絡協議会の設置を公表したときは、新しく薬剤部長になってすぐに提案したこともあり、薬剤部内の職員も呆気にとられ、初回に集まった保険薬局は近隣の5軒でしたが、「何を言われるのだろう」と緊張した面持ちだったことを覚えています。保険薬局薬剤師と仲良くしたい、そして患者さんのために一緒に働きたいという私の想いを伝え、当薬剤部を理解してもらえるように努めました。現在は近隣保険薬局8軒の代表者に参加してもらい、毎月第4月曜日に開催し、勉強会の企画などをしています。例えば、病院の処方した医師が処方意図を講義したり、吸入薬の取り扱いやインスリン皮下注射の手技などに関する若い薬剤師の疑問点を解説するなどしています。また、当院の職員は2年に1回AED講習が義務づけられていますが、患者さんは周辺の保険薬局で急変する可能性も考えられるため、保険薬局薬剤師にも当院のAED講習会に参加してもらいます。その他にも連絡協議会において共同研究の発表を行っており、今後、地域連携薬局や専門医療機関連携薬局の認定取得をめざすには、薬局薬剤師にとっても学会発表が重要になりますので、さらに力を入れていきたいと考えています。

災害時における薬薬連携の構築をめざす

連絡協議会発足後、地域の保険薬局薬剤師とのワークショップにおいて、合同で防災訓練を行った方がよいのではないかという意見がまとまり、現在、毎年、合同災害対策訓練を継続して行っています。合同で行うことによって、病院と保険薬局のお互いの被害状況を情報共有する方法を検討する機会になっています。

初回訓練では、災害状況チェックリストを作成し、その項目として電話や電気・水道、排水管、調剤機器、コンピューターの状況、医薬品の落下・転倒、室内の損壊、人員の状況といった点ばかりに注目していました。訓練後の反省点として、実際に必要な情報としては、院外処方箋を発行しても大丈夫か、患者さんに案内できる処方箋を受けられる保険薬局はどこかなのかを把握する必要があると考えられました。つまり、処方箋受け入れの可否をよりわかりやすくすることが重要との考えに至りました。例えば、保険薬局によって特定の調剤に必要な機器が破損している可能性があり、散剤や水剤、錠剤、外用剤などの処方箋受け入れの可否といったより細かい情報が必要との指摘があり、2010年以降はこの点を改訂した災害状況チェックリストを使用しています。

また、初回は、災害状況チェックリストを地域の保険薬局が作成し、一方的に病院薬剤部へ提出してもらうだけでしたので、保険薬局側では病院の状況がわからない、さらには、災害対策本部が病院内に設置されるため、病院からの情報も伝えてほしい、という意見もありました。これらをもとに、病院や各保険薬局の被害状況や対応についても病院側から保険薬局側へ報告して共有するなどブラッシュアップを重ね、現在では、より実務的な情報共有の仕組みができあがっています。

実際の災害時に重要なのは、有事に協力し合える力強い関係作りだと考えています。そのためには、日頃からのコミュニケーションが大切です。それは病院と保険薬局だけでなく、保険薬局同士のコミュニケーションも同様です。そのため、保険薬局同士での交流も促進できればと思い、災害震災時に薬剤師にできることをテーマに、5~6人のテーブルごとに議論し一定時間でメンバーを入れ替えていくワールドカフェ方式のワークショップも行っています。

チャート修正依頼連絡票を導入し、疑義照会で指摘されたカルテの処方を修正

チャート修正依頼連絡票とは、カルテの変更を依頼するための書類です。疑義照会を院外の保険薬局から行った場合、カルテの修正がされないために同じオーダーが出し続けられる悪循環が起きていました。そのため、この連絡票を保険薬局から薬剤部にFAXしてもらうことで、薬剤部でカルテの修正をし、医師が確認するしくみを作りました。この取り組みも地域連携協議会で発案されたものです。新患や処方変更があるため、疑義照会はゼロにはなりませんが、連絡票が届いた案件は薬剤部が100%修正しています。導入によって、より安全な薬物治療が実現できていると思います。

図2 チャート修正依頼連絡票

外来がん化学療法における薬薬連携のポイント

がん化学療法に関する情報提供書、抗がん剤使用患者の服薬情報提供書の導入

6~7年前にがん治療に関するワークショップを開催した際、保険薬局薬剤師が「がん患者さんは連携が非常に難しい」と感じていることがわかりました。患者さん側にがんであると知られたくないという思いがあったり、保険薬局薬剤師側もがん患者さんへのかかわり方がわからないという意見が多く出されました。また、当時、当院のレジメンは公開していなかったため、患者さんがどのような治療過程でどのような状態にあるのかを、保険薬局薬剤師は知る術がありませんでした。「病院にすべて任せてあるので話したくない」という患者さんも多く、保険薬局では立ち入った話ができないといった状況を知ることができました。

そこで、そのような状況から前進するため、2020年度から保険薬局へ渡すがん化学療法に関する情報提供書(化学療法情報提供書)のフォームを作成し情報共有に努めています。一番の目的は、初回の薬物治療開始時に鎮痛薬や制吐薬などが処方されるため、発現しやすい副作用などを化学療法情報提供書によって伝えておき、2020年度から当院ホームページで公開しているがんレジメンの内容も参照してもらいながら、保険薬局でフォローしてもらうことにあります。

また、2020年10月からは、抗がん剤使用患者の服薬情報提供書(トレーシングレポート)の運用も開始しました。病院からの情報を共有してもらうとともに、保険薬局においても有害事象や処方内容のアドヒアランスなど患者さんから捉えたさまざまな出来事をトレーシングレポートによって病院へ報告してほしいと考えています。トレーシングレポートは当院医療連携室までFAXにて送信してもらうことで、オンコロジーセンターにいる薬剤師に届き対応します。必要に応じて医師への情報提供も進めます。トレーシングレポートの運用については、これからさらに頻度や密度、内容を深めていきたいと思います。

聖路加国際病院がんレジメン一覧ウェブサイト
(実際に公開されている外来がんレジメンをご覧いただけます)
http://hospital.luke.ac.jp/about/section/medicine.html#medicine-dispensary

図3 がん化学療法に関する情報提供書(化学療法情報提供書)

図4 抗がん剤使用患者の服薬情報提供書(トレーシングレポート)

図5 がんレジメンを病院ホームページで公開

がん薬薬連携のための勉強会を開催

がん領域の薬薬連携としては、地域の保険薬局を対象にした勉強会も開催しています。例えば、当院のレジメンに登録されている薬剤の特徴や、副作用が発現するタイミング、それに対するサポーティブケアの処方などを解説しています。2020年度の勉強会は、コロナ禍のためウェブ開催となりましたが、約120人に参加してもらうことができました。例年、リアル開催で直接会場に足を運んでもらえるのは20〜30人程度でしたので、ウェブ開催によって参加者が飛躍的に増加しました。近隣だけではなく、交流がある他区の薬剤師会にも案内させていただき、また、医薬品卸のネットワークも活用して案内をした効果もあったと思います。今まで関係を築いていなかった保険薬局薬剤師にも参加してもらうことができ、拡大を常に願っていたので本当によい結果となりました。2021年度も引き続き、勉強会は積極的に開催していきたいと考えています。

薬連携推進のマネジメント的ポイント

薬薬連携推進の苦労と乗り越えるためのリーダーシップ

薬薬連携に対しては、個々の病院薬剤師によってさまざまな考えがあると思います。現在は当院の院外処方箋率は91%になりましたが、私はもっと低い時代を知っており、外来に追われ調剤をひたすらこなす毎日から解放されたのは医薬分業のおかげです。だから今、私たちは患者さんのために意義のある対人業務中心の仕事ができているのだと思います。私は、病院薬剤師には「薬薬連携は患者さんのためである」ことを理解してもらい、実施する意義を感じてほしいと思います。そして、地域の保険薬局薬剤師も同じ薬剤師の仲間であることを伝えていかなくてはならないと思っています。そのためには、リーダーシップが重要だと感じています。今後、さらに病院薬剤部と保険薬局がお互いの理解を深める努力が大切になるでしょう。薬剤部長のリーダーシップ次第で地域連携のあり方が変わってしまう可能性もあると考えています。変革をするときには、人間はどうしても保守的になりがちです。そこを後押しするのがリーダーシップであり、部長の役割です。

これからの展望、目標

介護職・ケアマネジャーも含めた多職種連携の充実が不可欠

当院の医療連携室が主体となって地域の多職種連携をめざして築いたケアネットワークの会があり、薬剤師の私も参加させてもらっています。同会では、在宅患者さんの症例検討会や多職種シンポジウムなどを行っています。現在2年目を迎え、保険薬局薬剤師の参加が増えており、地域でも意識が高まっていると感じます。

病院薬剤師の仕事は、ケアマネジャーとのかかわりがほとんどありません。しかし、薬剤師である自分が多職種の輪に入らせていただき、実際の業務内容を知ってもらい、とにかくまずかかわっていくことが将来を見据えても重要だと考えています。私にとっても、地域の他の介護職や医療職がどのような仕事をしているのかを知ることは大変勉強になります。

在宅医療においても薬物治療は不可欠であり、在宅における薬剤師の役割も重要となりますので、より積極的にかかわらなくてはならないという思いを強くもっています。

地域包括ケアにおいてリーダーシップを担う進化型薬剤師

これからの薬剤師にはさらなる進化が求められています。では、どのような進化を遂げるのか。病院薬剤師も保険薬局薬剤師も従来の枠組みにとらわれず、新しい薬剤師像を築いてほしいと思っています。

地域の保険薬局の業務はこれから急速に変わり、保険薬局薬剤師にも多くの情報が入ってくる環境になるでしょう。今までは一枚の処方箋や患者さんから聞き取った情報だけでしたが、病院のカルテも閲覧でき、病名も把握でき、患者さんのさまざまな状態を把握できるようになっていきます。情報量が多くなることで、新しい職能発揮が起こると思います。また、病院も保険薬局と同様、もしくはそれ以上の難しさと複雑さをもって、薬剤師としての職能を発揮する場面が出てくると思います。薬剤師の元に集まる多くの情報を使いこなせるようになれば、地域に密着したより患者さんの病態や医療・介護の制度にも詳しい進化型薬剤師になれるのではないかと思います。職責を果たし、そして進化をしていけば、薬剤師はますます必要とされる職種になります。そして、地域包括ケアのなかでリーダーシップを発揮する存在になることが、進化型薬剤師が担うべき役割だと考えています。

進化型薬剤師に求められるフォーミュラリーの作成

進化型薬剤師に担ってほしい役割の1つにフォミュラリーの作成が挙げられます。フォーミュラリーという言葉は話題性があり、近年、よく取り上げられるようになりました。もちろん施設フォーミュラリーも必要ですが、私は地域フォーミュラリーが重要だと考えています。なぜなら、どの医療機関でも同じレベルの薬物治療を行えることが大切だと思うからです。地域フォーミュラリーの作成においては、保険薬局薬剤師がイニシアチブをとってリーダーシップを発揮してもらうことを期待しています。あるいは、病院薬剤師と一緒に地域医師会、地域歯科医師会とも一丸となって、フォーミュラリー作成に力を注いでもらうことでよりよい医療ができると考えています。

薬薬連携に取り組んだ10年強を振り返り、今後に向けて

私は、地域の保険薬局は仲間であると思っています。そのため、仲間の経営も大切にして共存共栄を図っていきたいと考えています。この10年以上をかけて連携を深めた結果、地域の保険薬局薬剤師から多岐にわたる相談を受けるようにもなり、頼ってもらえる存在になれたのだと思っています。

また、薬薬連携においては、病院と保険薬局の連携とともに、保険薬局同士の連携も重要であると思います。保険薬局同士は実はライバルでもあるので、最初は言いづらいこともあったと思いますが、徐々に打ち解けているように見受けられます。医薬品の貸し借りなども昔はなかったようですが、今は病院からお貸しすることもあれば、保険薬局同士でもひとまず他局からお借りするといった有機的なつながりができていると感じています。

私がこれらの活動を始めた当時は、まだ薬薬連携の概念が十分普及していませんでしたが、あれから10年以上が経った今、私たちの地域では薬薬連携がずいぶん進んだのではないかと思っています。これからは、この東京都中央区で作った輪をさらに広げていきたいと考え、区内外にある他の薬剤師会などとも関係の構築を始めています。

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