地域における次世代のリーダーを育成する薬剤師レジデント制度 〜群馬大学医学部附属病院がめざす持続可能な教育システム

公開:2023年09月20日

群馬大学医学部附属病院薬剤部

  • 教授・薬剤部長 
    山本 康次郎 先生
  • 准教授・副薬剤部長 
    荒木 拓也 先生
  • 病棟薬剤管理部門主任 
    大島 宗平 先生
  • がん化学療法部門主任 
    中村 浩規 先生
  • 羽鳥 真由 先生
  • 内山 知乃 先生

2023年3月13日現在

左から 内山先生、中村先生、荒木先生、山本先生、大島先生、羽鳥先生

 がん治療に代表される薬物療法の高度化・複雑化に伴い、薬剤師には薬物療法を安全かつ効果的に実施するための役割が期待されています。群馬大学医学部附属病院薬剤部では2013年から薬剤師レジデント制度を導入し、地域において次世代を担う薬剤師のリーダーを育成することを目的とした研修プログラムを実施しています。今回、同院で人材育成に尽力されてきた山本康次郎先生(教授・薬剤部長)、荒木拓也先生(准教授・副薬剤部長)、大島宗平先生(病棟薬剤管理部門主任)、中村浩規先生(がん化学療法部門主任)と、薬剤師レジデント制度での研修経験をもつ羽鳥真由先生、薬剤師レジデントである内山知乃先生に制度の概要や意義、導入・運営のポイント、今後に向けた取り組みなどを伺いました。
(取材日:2023年3月13日、取材場所:群馬ロイヤルホテル)

第1回 薬剤師レジデント制度の導入と目的

 まず最初に群馬大学医学部附属病院薬剤部の概要や、薬剤師レジデント制度を導入した経緯・背景、導入にあたっての課題・苦労などを山本康次郎先生、荒木拓也先生、大島宗平先生、中村浩規先生にお話いただきました。

群馬大学医学部附属病院における人材育成の考え方

病院、薬剤部の特徴 〜北関東の中核として地域を率いる薬剤師を養成する

山本 当院は、群馬県内で唯一の特定機能病院に指定されています。そのため、北関東地域全体の中核病院として、地域住民へ医療を提供するとともに、医療を支えていく人材の教育や、医療を充実させる先進医療などの研究にも積極的に取り組まなければなりません。そのなかで、薬剤部は当院を成す一部門として、患者さん中心の医療を進めることで地域医療を支えるとともに、それを実践する医療人としての薬剤師を養成する役割を担っています。
 医療には完成というゴールはありません。もし完全に医療が完成されたならば、病気を患うこと自体がなくなり、それは究極の医療の姿でしょう。しかし、おそらく永遠にその理想的な状態は訪れず、心身に何らかの問題を抱える方は存在し、そして多くの方が病院での医療を必要とします。ですから私たち医療人は、患者さんのために一生懸命に尽力し、「来てよかった」と満足してもらえる医療を提供できる病院をめざし続ける必要があります。そして、その病院を支える重要な職種の1つとして薬剤師も研鑽を積まなければなりません。

薬剤師レジデント制度の成り立ち

導入の経緯・背景 〜リーダーの育成は社会的な課題

荒木 当院には59名の薬剤師が所属しており、そのうち、現在(2023年3月13日時点)、5名が薬剤師レジデントとして日々研鑽を積んでいます。
 2013年から当院では薬剤師レジデント制度を開始しましたが、当時は新たに入職した全員を薬剤師レジデントとしていました。それ以前は、新入職員に対する教育研修において、 “研修”という形は明確にされておらず、新入職員に対する教育研修制度の到達目標や、それに向けた統一の研修体制も十分とは言えない状況でした。そこで、研修という位置付けを明確にする目的で、薬剤師レジテント制度を導入したのが始まりです。

 その後、山本教授からお話がありました通り、当院だけではなく地域全体を率いることができる次世代を担う薬剤師リーダーを育成するという目標を明確にするために、一般の職員研修と区別した薬剤師レジデント制度を実施することになり、2016年から現在に近い制度になりました。
 薬剤師レジデント制度の整備とともに、薬剤部として2019年からは業務実施許可制度を設け、ポートフォリオの作成を義務づけています(図1)。以前は、指導する側の経験的な判断に基づいて、監査や服薬指導、夜勤などの実務を行う許可を出していたのですが、研修を受ける人が自分の技能に自信をもってもらうことを目的に、客観的な数値目標を設定して必要な経験を可視化するように変更しました。一方で、設定された数字をこなすだけではなく、具体的にどのような患者さんに何を行ったのかといった質的な内容も把握できるようにポートフォリオを導入しました。ポートフォリオには、記録した症例を専門・認定薬剤師資格の申請時に参照できるという事務的なメリットもあります。

山本 薬剤師レジデント制度の導入の背景には、地域での指導的役割を担う目的に加えて、社会的な課題への対策もあります。第一次ベビーブーム世代が薬剤部長や教授に就いていた時代には、豊富な人材のなかから後任を探すことができました。しかし、第二次ベビーブーム世代が引退する時期には、人口減少を迎えるため、社会を支えリーダーとなれる人材を前もって育てておかないと、医療のみならず日本が成り立たなくなるという危機感から始まった制度でもあると考えています。

図1 ポートフォリオ実施許可する業務をはじめ薬剤師レジデント制度に不可欠な内容がまとめられている。群馬大学医学部附属病院薬剤部提供。

薬剤師レジデント制度がめざすもの

導入の目的 〜専門家として地域医療全体を見通す視野をもつ人材の育成

荒木 当薬剤部では、次世代を担う薬剤師のリーダーとは、薬剤師の役割および責務を理解し、表1を実践できる薬剤師であると考え、薬剤師レジデント制度の研修に組み込んでいます。
 リーダーには、まず何をおいても専門家であってほしいと考えています。普段使う知識やスキルの裏に膨大な知識を担保する人材であることが前提の条件となります。
 そのうえで1つめに、EBMと個別化医療は、相反するようで絡み合っており、これを分けて思考できるようになってほしいと思います。エビデンスに基づいて指導できることは当然として、ガイドラインには記載されていない仔細な薬学的知見に基づいて指導ができる基礎的知識の習得は欠かせません。近年の新しく開発される医薬品は高度化・複雑化しており、それらに常に対応できる知識を習得してもらいたいと考えています。また、山本教授のお話にありましたが、医療にはゴールがなく、リーダーには常に問題点を自ら見つけようとする素養も必要です。問題点が見えなければ、よりよい医療に変えていくことはできません。そして、そのような医療現場の問題点に気づき解決策を見出そうとする人材を育成できることも重要です。それから、地域の保険薬局と連携して、薬物療法も含めた医療全体の質を向上していきたいという視点をもつことがリーダーには必要だと考えています。

中村 指導者側で教育に関して議論する際には、どのような薬剤師に育ってほしいかを考えたうえで、指導内容や方法を議論していくことが大切です。山本教授から、「研究に取り組む際には、何ができるかではなく、ゴールを決めたうえで研究を進めることが大切である」と助言をいただいたことがあり、教育においても同じように、育てたい薬剤師の目標像を見据えたうえでどのように指導していくかを検討しています。

山本 もう一点、医学部附属病院は医学教育のための病院であることも意識してほしいと思っています。現代においては、チーム医療をコーディネートできる医師を育てることが求められています。つまり、これからの医師は、薬剤師が担うことができる役割を把握している必要があるのです。そのため、当薬剤部の薬剤師には、医師に対して、薬剤師として理想の姿を示すことにベストを尽くし、さらに上をめざしてもらいたいと思っています。

表1 次世代を担う薬剤師リーダーに求められること
①EBMと個別化医療の両側面から薬学的管理を実施できる薬剤師
②医療現場における問題点を抽出し、解決方法を導き出せる薬剤師
③将来の医療を見据えた薬剤師教育を実施できる薬剤師
④地域医療と地域医療の橋渡しに貢献できる薬剤師

群馬大学医学部附属病院薬剤部提供。

制度導入時の課題や苦労 〜指導内容、指導者の質を統一する

中村 制度導入時に最も苦労したのは、受け入れる指導者側の問題として、統一された評価指標の設定と一定レベルの教育水準の担保でした。導入前までは指導者によって指導内容が異なるといった問題があり、指導者になるためのコンテンツを用意し、厳しい基準を設けています。例えば、がん化学療法部門の指導者になるためには、薬剤師として最初の2年間を除く5年の経験を有する、また、がん化学療法部門で3年以上もしくは相応の経験を有する、さらには、がん化学療法に関する専門もしくは認定資格を取得しがん化学療法部門での経験を1年以上有する、といった条件を設けています。他部門においても、同様に相応の経験を有していることを求めています。さらに、教育研修部門の担当者が要件を十分に満たしていることを確認したうえで、薬剤部内の主任会議で承認されて、指導者もしくは指導補助者として指導に当たることができます。
 実は、条件が厳しいために指導者が不足しているという指摘もあります。しかし、安易に間口を広げてしまうと教育の質が低下するため、不足していることを理解したうえで、条件を満たす指導者の確保をめざしています。近年、本格的なポートフォリオ作成や業務実施許可制度を推進してきたことで、薬剤部員のなかに教育に対する意識が根づいてきた印象をもっています。

荒木 もう1つ、制度導入にあたって苦労した点を挙げると、教える指導者側の年代は、薬剤師レジデント制度を受けておらず、先輩の背中を見て学ぶ環境で自ら成長してきたという自負もあるため、その意識をいかに変えて、今の時代に合わせた指導を実践するかがあります。指導者全員が教育方法に関して統一した方向性をもつことに、今もまだ腐心しています。

第2回では、薬剤師レジデント制度の特徴や研修内容、修了後の進路、人材育成にあたって大切にしていることなどををお話しいただきます。

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