災害医療における薬剤師の貢献 〜災害時・平常時に薬剤師に求められる役割

公開:2023年02月28日

青森県立中央病院 薬剤部 部長

山本 章二 先生

近年、東日本大震災などの地震や線状降水帯による風水害などの発生が頻発するとともに、遠くない将来に高い確率で大規模地震の発生が予想されており、災害医療への関心が高まっています。今回、長年に渡るDMAT(disaster medical assistance team、災害派遣医療チーム)での活動や災害訓練の実施、後進の育成などの功績が讃えられ令和4年度青森県救急医療功労者知事表彰を受賞された青森県立中央病院薬剤部部長 山本章二先生にご登場いただき、災害医療において災害時と平常時に薬剤師に求められる役割や具体的な活動内容、今後の展望などのお話を伺いました。
(取材日:2022年9月28日、取材場所:アートホテル青森)

はじめに

病院や薬剤部の概要、特徴

当院は、青森県内唯一の県立総合病院として、県全域を対象とした急性期医療をはじめ、がんゲノム医療やロボット支援手術などに代表される高度な専門医療を担っています。また、県内の医療支援や連携強化をめざす医療連携部や、入院前から退院後の療養生活まで切れ目のない医療提供を目的とした療養支援センターを設置するなどしており、病院として高度医療と地域連携の強化を推進しています。

薬剤部としても、チーム医療が進められるなか、その一員として、入院患者さんの持参薬管理など薬学的管理における貢献をめざしています。現在、薬剤師38名、薬剤助手10名が在籍し(2022年9月28日時点)、県内の医療機関としては最多の薬剤師数ですが、全国的に見ると決して多くなく、さらなる充実をめざしています。また、高い専門性をもって薬物療法に貢献する認定・専門薬剤師の養成を進めています。

当院薬剤部の業務のなかでは、近年は抗がん薬の調製が増加しています。青森県にはがんセンターがないため、自治体病院ががん患者さんを受け入れており、当院は県内で最多となる年間約16,000件に達しています。薬剤師が少ない一方で、がん薬物療法は増えており、そのためにも人員を募集しているところです。その他、2021年1月より病棟薬剤業務実施加算の算定を開始し、病棟に薬剤師が常駐して安全で安心できる薬物療法の提供を行っています。

薬剤師の地域偏在が問題となるなか、特に青森県は薬剤師が少なく、2021年度には薬剤師不足の自治体病院へ当院から薬剤師を週1回派遣しました。断続的に県内各地から派遣要請があり、何とか助けたいという思いで可能な限りの支援も当院薬剤部は担っています。

災害医療における病院の役割

各都道府県において災害拠点病院を統括する基幹災害拠点病院が知事によって指定されており、青森県では当院と弘前大学医学部附属病院がその役割を担っています。基幹災害拠点病院では、県内や近県における災害発生時に通常の体制では被災者への医療提供が困難な場合に、知事の要請によって傷病者の受け入れや災害医療救護所班の派遣などを行います。2022年8月に青森県が記録的な豪雨に見舞われた際にも2院で連絡を取り合って情報共有するなど、日頃から災害医療において中心となって活動しています。

基幹災害拠点病院としての役割を災害時に十分に発揮するためには、平常時の防災訓練などを通して、関与する全スタッフが災害時の具体的な対応策について理解し浸透していることが重要です。

災害発生時の病院の役割や活動内容、薬剤師の貢献

災害発生時の活動内容と薬剤師の貢献

当院が災害時に果たす機能は、災害発生場所によって異なり、①青森県・青森市で発生した場合、②近県で発生した場合、③さらに遠方で発生した場合という3つに分けることができます(表1)。

青森県内が災害中心地域の場合、当院は第一線病院として機能します。日本DMATの参集拠点病院になっているため、全国各地から派遣されたDMATがまず最初に集まってきます。その際には青森県庁下の調整本部を当院が務め、各DMATの活動場所を指示するなど司令塔の役割を果たします。

近県で発生した場合は、当院は災害の後方支援を担います。東日本大震災では岩手県宮古市へ当院から青森DMATとして赴き、岩手県立宮古病院を支援しました。

近県よりも遠隔地で発生した場合も同様に青森DMATとして被災地へ入ります。今はDMATの活動時間が48時間と定められているため、期限が来ると撤収し、その後は災害医療救護所班として再び現地へ赴くこともあります。また、当院のDMATは複数チームが編成されており、先行隊が撤収するタイミングで交代して被災地に入り継続的な支援を行う体制になっています。

さらに、遠隔地での災害時には、広域医療搬送による患者さんの受け入れ体制を敷くこととなっています。例えば、熊本県内で災害が発生した場合、現地の患者さんを青森県まで搬送して受け入れられるようになっています。搬送にあたっては、出発地点と到着地点の空港にSCU(staging care unit、広域搬送拠点臨時医療施設)を立ち上げます。SCUは、災害応急対策に必要な要員や資機材、災害救助に必要な食料品や生活必需品、避難者の輸送などを行う目的で設置されます。搬送方法としては、基本的には飛行機を使用しますが、最近は青森県や北海道での患者搬送を視野にフェリーを用いた訓練も行っています。

また、災害の規模によって当院薬剤部の活動体制は変わります(表2)。レベル1は救命救急センターの対応能力を超える規模の場合ですが、薬剤部は通常体制を維持します。レベル2は多くの関連職員の対応を要する規模の場合となり、薬剤部は夜間と休日に通常1人で勤務するところを増員して対応します。レベル3は、青森市で震度5強以上の地震が発生した場合で、長期間に渡る対応が必要になり、スタッフを増員して病院機能を維持する体制を取ります。

表1 災害発生場所による基幹災害拠点病院としての機能
①当院が災害発生場所の中心地域にある場合
・被災地域での第一線病院として機能
・日本DMAT参集拠点病院及び活動拠点病院として機能
②当院が災害発生場所の近隣地域にある場合
・災害後方支援病院として機能
・青森DMAT、災害医療救護所班の派遣
③遠隔地での災害
・青森DMAT、災害医療救護所班の派遣
・広域搬送患者の受け入れ

山本章二先生提供

表2 災害規模に応じた院内体制
レベル1
ERの対応能力を超える。薬剤部として通常体制を維持。
レベル2
多くの関連職員の対応を要する。薬剤部として夜間・休日スタッフ増員。
レベル3
全職員で長期間に渡り対応する状況(青森市で震度5強以上)。

山本章二先生提供

これまでの災害時の活動事例と薬剤師の貢献 〜1995年阪神・淡路大震災

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、DMATが誕生するきっかけとなりました。当時はまだDMATは組織されておらず、青森県として第1〜9班からなる保健医療チームが出動し、私も第5班として活動しました。第5班は、災害発生からほぼ1カ月が過ぎた2月12日から19日にかけて活動しましたので、外傷などの急性期ではなく、慢性期も含めた医療支援を目的に現地に赴きました。

薬剤師としての主な活動は、救護所をチームで巡回するなかで、被災者の血圧や体温などバイタルサインを測定し、薬剤が必要な方がいた場合に、アレルギーなどの情報を聞きながら、医師の指示に基づいて薬剤を出し、服用方法や効能・効果を説明するなどしました。服薬を中止してしまうと健康や疾患への影響が大きい薬は、迅速に現地へ供給する必要があるとともに、患者さんがその認識をもっていることも重要と思われました。また、薬の鑑別依頼も数件あり、避難時に何とか薬を持ち出したものの、どれが何の薬か、用法・用量もわからなくなった方がいました。

当初、1つの建物の中に青森県災害救護所を設置したのですが、当時の状況では被災者に救護所があるという情報が広まらず、しかし、医療を待っている人たちは大勢いると考え、大きなキャリーケースに薬剤や湿布などを入れて、こちらから外へ出て、避難している公園などを巡回して歩いた記憶があります。

業務内容としては、私たち第5班が担当した時期には疾病予防や健康増進といった公衆衛生活動が中心となりました。どの避難所でも感冒が流行し咳や痰などの呼吸器症状に苦しんでいる人が多く、マスク着用やうがい、手洗い、室内喚起の励行などの指導をしましたが、実行している人が少なく、指導の継続が必要でした。

最初は、「薬剤師が被災地へ行ったところで何かできることがあるのか」と参加した薬剤師の多くが疑心暗鬼だったと思います。けれども、実際に現場へ行くと、医師は診療し、看護師は処置をするなかで、薬がなければ十分な医療は成り立たず、調剤をして患者さんに服薬指導をする薬剤師の役割が確かにありました。また、医薬品の補充や管理、情報提供も必要でした。活動を終えて、現場への介入がもう少し早かったら、薬剤師にできることはもっとあったのではないかと思いました。また、例えば、医薬品の在庫が保健所にあったとしても、災害下でそれらを必要な場所へ確実に届ける体制は十分にはなかったように感じました。

これまでの災害時の活動事例と薬剤師の貢献 〜2011年東日本大震災

2011年3月11日に発生した東日本大震災のときは、翌日には青森DMATの先発チームが出動し、当院の若手薬剤師がロジスティクス担当として参加しました。しかし、翌日ということもあって被災地の情報がほとんど入ってこず、まずは青森県八戸市や久慈市などへ向かうと特に救援は必要ない状況でした。その後、岩手県盛岡市にある岩手県立中央病院にて、太平洋沿岸にある岩手県宮古市方面の被災状況が甚大との情報を得て向かうことになりました。そして、岩手県立宮古病院へ向かう道中に、車が横転・転覆したり、船が町中まで押し流されている光景を目の当たりにすることになりました。

私自身は、まず3月13日から15日にかけて宮古病院で支援に当たりました。宮古病院は、海岸近くに立地していたものの高台にあったので津波は免れていました。DMATの数チームが病院に集まり対応しましたが、患者さんを搬送する救急車が引っ切りなしに到着し、受け入れるベッドが埋まってしまうため、被災地の病院が破綻しないように、軽症者や搬送に耐えうる患者さんを救急車やドクターヘリで盛岡市の後方支援病院へ搬送することになり、それらの調整業務もDMATの任務として行いました。また、DMATにおけるロジスティクス担当の役割としては、患者さんの搬送先などの記録を取ることも重要でした。

被災後、宮古病院は停電や断水、暖房の復旧の目処が立たず、電話も不通となり、DMATが装備していた衛星電話もアンテナの具合が悪いのか、あまり役に立ちませんでした。インターネットもつながらないので、病院の携帯電話で当院へ電話をかけて、EMIS(emergency medical information system、広域災害・救急医療情報システム)(後述)に登録された情報の確認やDMATの活動先の指示を代わりに入力するなどしてもらいました。

阪神・淡路大震災での外傷や熱傷などとは異なり、東日本大震災の初期活動では津波による溺死の被害が多かったと聞きます。DMATの活動としては、薬剤師は連絡調整役の業務が中心だったので、専門的な職能を発揮する場面はあまり多くはありませんでした。しかし、DMATから帰院後の3月26日から29日に再び災害医療救護所班として宮古市へ支援に入って避難所を巡回し、そこでは薬剤師として被災された患者さんに対処することになりました。取材に訪れていた新聞記者に遭遇したことがありましたが、医師が離れた場所で診察するなか、私がトランシーバーを介して在庫がある医薬品の情報を提供する様子を見ていたようで、「現場に薬剤師がいると有益ですね」と紙面で紹介されることになりました。あのときは薬剤師としてかかわり専門性を発揮して貢献することができたのではないかと思います。

これまでの災害時の活動事例と薬剤師の貢献 〜2016年熊本地震

2016年4月14日に発生した熊本地震のときは、4月21日から27日の期間に当院の医療チームの第1班として現地へ向かいましたが、熊本の空港に降りられず、レンタカーを借りて山口から熊本へ入ることになりました。また、熊本市内に宿を確保できなかったので、佐賀のホテルから熊本に通いました。熊本市内の様子は、一見すると普通の街並みでしたが、路地に入ると建物があちこちで崩れており、調整本部が設置された市役所の向かいにある熊本城の石垣が崩落しているのを確認できました。私たちは、熊本県内の避難所を巡回し、避難者の人数や症状などを観察しながら対応していましたが、外傷などの急性期の対応はなく、避難所の状況を調整本部に上げて判断してもらうといった避難所をアセスメントする役割が中心となりました。また、市が把握していない避難所を見つけて情報提供することができ、把握されないままでは支援物資などが届かない可能性があったと思います。このときは薬剤師としてのニーズは実際はあまり高くなく、避難所生活での公衆衛生活動が中心となりました。

平常時における青森県や病院としての災害への備え、薬剤師の貢献

災害時に個々の役割を全うするためには、平常時における防災訓練などの取り組みが大切です。防災訓練によって地域での病院の役割や院内での個人の役割が具体化し、災害時に「何を行うべきか」が見えて、より的確な対応ができるようになります。いつ起こるかわからない災害だからこそ、日頃の訓練や対策を積み重ねることが重要です。当院薬剤部では各種の防災訓練に積極的に参加しており、そのときによってプレイヤーまたはコントローラーと役割が異なります。

青森県総合防災訓練や青森県調整本部机上訓練を実施

青森県としては、災害対策基本法に基づく地域防災計画で定められた市町村や消防、自衛隊など関係機関が参加する青森県総合防災訓練を毎年9月1日の防災の日に実施しています。残念ながら、2020〜2022年は新型コロナウイルス感染症の流行や大雨による災害対策の優先といった理由から中止となりました。また、青森県庁においては、青森県調整本部机上訓練を実施しています。

2016年に青森県むつ市で行われた青森県総合防災訓練では、震度6強の地震が発生し国道が大津波警報や多重事故による通行止めとなり下北地域が孤立しているという想定のもと、DMATは陸路で移動するチームと陸奥湾を船で渡るチームという2班に分かれて対応しました。むつ市に到着後、臨時ヘリポートから護衛艦はまぎりへ海上自衛隊のヘリコプターを使って空路で傷病者を搬送し、洋上救護所の設置と運営、海上自衛隊の医官、衛生員、ヘリコプターパイロット、整備士との調整や連携に初めて挑戦し、事故なく成果を収めることができました。一方で、衛星通信トランシーバーがつながりにくかったり、ヘリコプターによる騒音や強風で発言内容を聞き取れず白板に書いて意思疎通するなど、現実的な問題点と対処法がわかり参考になりました。

EMISを活用するために研修を実施 〜情報を制する者が災害も制す

「情報を制する者が災害も制す」とは、DMATで活躍する当院医師の言葉です。大規模災害発生時に医療提供体制を確保するためには、医療機関の被害状況や傷病者受入体制の状況などの情報を迅速に把握することが不可欠となります。そこで、EMISによってそれらの情報を集めることで、限りある医療資源を効率的に分配でき、一人でも多くの傷病者を救うことにつながります。例えば、各医療機関が外傷や脱水などどのような患者さんを何人受け入れたかといった情報や、その後に退院した情報などをEMISに入力していきます。調整本部では、各医療機関の受け入れ可能患者数などの情報も参考に、傷病者をどの病院に何人搬送するかなどを決めていきます。EMISへの入力がない病院は、問題がない訳ではなく、被災し入力できない状況にあるかもしれないことも想定する必要があります。その他、EMISではDMATの派遣要請や活動状況の管理も行われます。

EMISが有効に機能するためには、関係機関がEMISの操作方法を理解し、災害時に速やかに入力などを行う必要があります。そのため、青森県内の病院や保健所、消防本部、県庁関係課を対象として、私が講師を務めるEMIS研修を実施し情報収集・発信能力の強化を図ってきました。現在では関係者がEMISの操作方法を熟知するようになり、研修を開催しなくても運用できる状況になっています。

DMAT隊員養成研修、技能維持訓練、実働参集訓練

まずDMAT隊員となるためのDMAT隊員養成研修が行われています。全国の救命救急センターや災害拠点病院などに勤務する医師や看護師、メディカルスタッフなどを対象に、国立病院機構災害医療センターで4日間、災害発生時の急性期に活動するためのトレーニングを受けます。DMATの意義や災害に特化した専門用語の解説などの座学から、衛星電話やトランシーバーの使い方やEMIS入力方法、トリアージ、応急処置、搬送方法などの実技研修があり、最終的に筆記試験と実技試験が行われます。また、DMAT隊員として認定後は、技能維持訓練も行われ、更新に参加が必須となっています。

そして、毎年、東北ブロックDMAT実働参集訓練が行われており、東北各県において災害が発生したという想定のもとで実践的な訓練をします。2016年には、山形県を震源とする地震に伴う大規模災害を想定し、東北6県と新潟県のDMAT隊員300人以上が山形県内の各病院、空港、県庁に参集しました。被災地における救急治療、病院支援、広域・地域医療搬送、調整本部の立ち上げや指示出し、EMISによる各病院の被災状況の調査などの訓練を行います。訓練終了後は、各県DMAT隊員間で顔の見える関係を構築するために懇親会が開かれます。

その他、緊急車両を運転する可能性のあるDMAT隊員を対象に、緊急車両運転技能講習会が青森県消防学校において開催され、当院からも参加しています。

当院職員を対象とした本部運営訓練、患者受入想定訓練、災害医療機能別訓練

当院職員を対象とした訓練としては、本部運営訓練、患者受入想定訓練、災害医療機能別訓練などを行っています。

災害訓練や実際の災害時には、何時何分に本部を立ち上げた、何時何分に県庁から情報が入った、どの施設に連絡がつかないといった情報を経時的にすべて記録していきます。この災害時の活動内容や情報の時系列に沿った記録をクロノロジーの略でクロノロと呼んでいます。そして、一定の時間が経った時点でクロノロを振り返り、例えば、未だに連絡が来ていない場所がないかなど、情報や把握している内容に漏れがないかなどを確認します。

災害薬事研修コース(PhDLS)の受講、災害時対応原則CSCA・TTT、PPPの習得

2015 年より日本災害医学会が主催して、災害医療や災害時の薬事の基礎的な知識を習得できる災害薬事研修コース(pharmacy disaster life support:PhDLS)が開設されており、現在、当院にはPhDLSインストラクターがいます。PhDLSでは、災害医療や災害時の薬事の基礎として、災害時対応の原則であるCSCA・TTT(表3)や災害時薬事対応原則のPPP(表4)などを学び実践できることをめざします。

災害時対応の原則であるCSCA とは、command and control(指揮と連携)、safety(安全確保)、communication(情報収集伝達)、assessment(評価)の頭文字を取ったもので、マネジメントにかかわる内容です。また、TTTとは、triage(トリアージ)、transport(搬送)、treatment(治療)の頭文字を取ったもので、マネジメントに基づいて行われる具体的な医療支援の内容になります。

一方、災害時薬事対応の原則であるPPPは、pharmaceutical triage(災害薬事トリアージ)、preparation(準備)、provide medicines(医薬品供給・調剤)の頭文字を取ったものです。

災害時には、薬剤師の判断で患者さんに処方箋医薬品を提供することが望ましいと思われる状況に遭遇することがあります。そのため、大規模災害などで医師の診療を受けることが困難な場合などに、事後に処方箋が発行されることなどを条件として、処方箋なしに医薬品を販売することが可能となっています。このような災害薬事トリアージへの対応や判断が薬剤師には求められることになります。

また、薬事提供のためには準備も欠かせません。医薬品はもとより、調剤機器、調剤方法、人員、場所などを確保できて被災地に支援が可能となります。

そして、医薬品供給や調剤環境に関しては、モバイルファーマシー(災害対策医薬品供給車両)の導入によって大きく変わろうとしています。災害時には、避難所や救護所など平常時には供給しない場所へ医薬品を供給しなければならないため、供給体制の確立が医療支援活動成功の鍵となります。どこへでもそのまま行って調剤可能なモバイルファーマシーはとても有用です。また、供給にあたっては、使用可能な医薬品在庫表の作成、医薬品の種類・量・優先順位の決定、発注先・発注方法の確保、保管・管理体制の構築、輸送方法の確保など薬剤師にはロジスティクス的な業務も求められます。

表3 災害時対応の原則CSCA・TTT
C command and control 指揮と連携
S safety 安全確保
C communication 情報収集伝達
A assessment 評価
T triage トリアージ
T transport 搬送
T treatment 治療

山本章二先生提供

表4 災害時薬事対応の原則PPP
P pharmaceutical triage 災害薬事トリアージ
P preparation 準備
P provide medicines 医薬品供給・調剤

山本章二先生提供

災害時に薬物療法を継続するポイント

災害時には、治療を必要とする患者さんが通常よりも多く発生するとともに、施設や物資の不足などの問題も懸念されます。そのため、災害時の薬剤師には、地域の医療機関・医療従事者と連携を取り、チームの一員となって的確かつ迅速に医療を支えることで、被災者の命や健康を守ることが求められます。災害時に薬物療法を継続するために薬剤師に求められる具体的な役割としては、①支援物資や医薬品の仕分け、②代替医薬品の選択・提案・供給、③OTC医薬品による治療、④被災地の衛生管理、⑤被災地外から派遣された薬剤師の取りまとめが挙げられます。

ポイント①医薬品の仕分け

被災地に医薬品が届けられても、その整理が不十分だと適切に使えないこともあります。そこで、薬剤師が医薬品を正しく管理や供給することによって、災害時でも可能な限り安全で安心な薬物療法を提供することができます。例えば、抗がん薬などの薬効別に仕分けると、薬剤師が交代してもどこに何があるかわかりやすくなります。

ポイント②処方提案

災害発生直後は、支援物資が届かず、必要な医薬品がないことも起こりえます。希望と同じ薬がない場合でも、薬剤師は、作用機序や相互作用などを考慮したうえで、同様の薬効をもつ薬を医師に処方提案することができます。

ポイント③セルフメディケーション

被災地では、軽度の体調不良を訴える人も多くいます。被災地生活でのストレスのため症状が進むこともあります。OTC医薬品を使用し服薬指導によってセルフメディケーションを支えることができます。

ポイント④衛生管理

衛生管理に取り組み、感染症拡大を抑えることも、災害時の薬剤師の重要な役割です。例えば、衛生的に暮らすには水が欠かせず、感染予防には手洗い用の水も必要です。水を流せないためにトイレが不衛生な状態になりがちですが、不衛生なトイレには被災者も行く気になれず、我慢することで便秘を引き起こすこともあります。薬剤師は、各部署と連携を取り、避難所を安全で清潔な環境へと整える役割も担っています。

ポイント⑤災害支援薬剤師(リーダー)の役割

災害時には各地から薬剤師が参集してきます。災害支援薬剤師(リーダー)として各薬剤師から必要な情報を積極的に吸い上げ、的確な情報の集約、報告を行うことが必要となります。また、被災者の人命や健康を担っているという責任感をもつことも大切です。

がん領域における災害時の薬物療法継続のポイント

がん患者さんが被災したときに最も注意すべきことは感染症です。抗がん薬による骨髄抑制を起こしている可能性があり、避難所では感染症が流行しやすく注意が必要です。そのため、マスク着用、手洗い、うがいの励行、体温の測定をしてほしいと思います。また、がん種によっては、一時的に抗がん薬を服用できなくても治療効果に差がないものもあります。そのような情報も含めて、普段から患者さんには自分の病気や治療について知っておいてもらえるように、薬剤師から指導してほしいと思います。例えば、薬剤名、病名、アレルギーのある薬をお薬手帳に記載してもらったり、携帯電話で薬や処方箋を写真に撮って保存しておくことも一つの方法です。しかし、実際には、災害発生時にお薬手帳も携帯電話も持たずに避難した方も多いと思います。だからこそ、自分の病名や薬剤名、治療方法などは知っておいてほしいと思うのです。

また、がんに限らず、糖尿病なども含めて、なるべく早く治療を再開するのが大切です。今は経口抗がん薬だけで治療をする場合もありますので、薬が手元になくなっても、処方内容がわかれば新たに処方することで治療を継続することも可能です。

避難所ではがん治療中であることを周囲に話せずにいる患者さんもいるかもしれませんので、避難所に常駐している自治体職員に伝えてもらえればと思います。その職員から医療従事者に情報が伝わることもあります。あるいは、自治体職員から治療を受けられる施設に関する情報を得ることもできるかもしれません。

平常時にこれらの災害時のポイントを薬剤師から患者さんへ伝えておくことも必要だと思います。

日頃のイメージトレーニングや心構え、物資の準備も重要

災害大国と呼ばれる日本は、これまでも頻繁に自然災害の被害を受けてきました。有事の際、冷静に迅速で的確な行動ができるかは、防災訓練はもとより、日頃の準備が心構えが大切です。また、薬だけではなく物資の準備も必要です。災害大国に暮らす薬剤師として、今もし地震が起きたらどうするのかと普段から考え、災害時の業務や役割をイメージしておくことも重要です。

おわりに

災害時に薬剤師が活動するための課題

災害医療に当たる医療チームの一員として薬剤師は必要であると思っています。発生初期に被災地に入るDMATとしては、状況によって薬剤師の専門性が必ずしも発揮できないときもあるかもしれませんが、薬剤の鑑別や用法・用量などの服薬指導、処方提案など薬剤師ならばできることがあります。薬剤師としての専門性を活かして災害医療に貢献するためには、災害時対応の基礎的なトレーニングの実施や、ロジスティクスの知識の吸収が欠かせません。そのため、当院薬剤部では、災害医療の基礎や災害時の薬事対応を習得するために、DMAT研修やPhDLSなどを積極的に受けてもらおうと考えています。

また、私自身がDMATになった経験から感じるのは、災害医療に薬剤師がかかわるためには、病院や薬剤部による評価など周囲の理解が必要となります。薬剤師不足の状況でDMATへ出動すれば、一時的とは言え人員が少なくなり薬剤部の通常業務へ影響します。職場以外にも、家を空ける訳ですから家族の理解も必要です。一方で、被災された方のことを思うと、「早く被災地へ行かなくてはならない」とも思います。

今後、災害医療において病院・保険薬局薬剤師が果たすべき役割や展望

これからの展望として、まず災害に強い薬剤師の育成が必要であると考えています。そのために、DMATへの参加やPhDLS研修会の参加、さらにはインストラクターの認定取得など、一人ひとりの薬剤師が災害に備えるために何をすると良いかを考えてもらえればと思っています。

また、災害時にはさまざまな専門性をもつ薬剤師が連携することで、被災者の方に少しでも安心してもらえると考えています。例えば、がん関連の認定・専門薬剤師と連携できていると、避難所を回る薬剤師が被災したがん患者さんから質問を受けた際に相談して、その情報を返すことができます。がんだけではなく、糖尿病や感染症、緩和医療などの認定・専門薬剤師もいますので、これからは災害時における薬剤師間の連携を進めたいと思っています。

さらに、災害医療においても病院薬剤師と保険薬局薬剤師との連携が必要であると感じています。東日本大震災の発生時には、当院は院外処方箋を発行して保険薬局と連携していたこともあり、お互いに在庫している薬剤などの情報交換ができました。また、停電時に分包機を動かすために、発電機を所有している保険薬局もあることがわかるなど、保険薬局がもつ情報や資機材も重要だと感じました。災害時にも情報共有するためには、日頃からすぐ連絡を取り合える間柄を作ることが大切です。

薬剤師が災害医療に貢献することの社会的意義・評価

私自身、最初は十分な知識や経験もないなか被災地へ行き、その後に訓練や研修を受けるなどして災害医療に携わってきましたが、薬剤師としての通常業務を抱えながら災害医療へ取り組むことに負担を感じた時期もありました。しかし、日々こつこつと活動を積み重ね、これまでを振り返ると、災害医療にかかわる薬剤師でよかったと感じています。おかげ様で、2022年9月9日の救急の日に青森県知事から私は青森県救急医療功労者知事表彰をいただくことができました。大変ありがたく思うとともに、災害医療に薬剤師として尽力することは社会的に評価してもらえることであると、今、災害医療やDMATに携わり頑張っている若い薬剤師にも感じてもらい、励みになればと思っています。これからも災害医療に薬剤師として貢献していきたいと思います。

POINT

  • 基幹災害拠点病院としての役割を災害時に十分に発揮するためには、平常時の防災訓練などを通して、関与する全スタッフが災害時の具体的な対応策について理解し浸透していることが重要である。
  • 病院として災害時に果たす機能は、災害発生場所によって異なる。
  • 平常時の防災訓練によって地域での病院の役割や院内での個人の役割が具体化し、災害時に「何を行うべきか」が見えて、より的確な対応ができる。
  • 情報を制する者が災害も制す。
  • EMISを活用して情報を集めることで、限りある医療資源を効率的に分配でき、一人でも多くの傷病者を救うことにつながる。
  • 災害時対応の原則はCSCA・TTT〔 command and control(指揮と連携)、safety(安全確保)、communication(情報収集伝達)、assessment(評価)、triage(トリアージ)、transport(搬送)、treatment(治療)〕。
  • 災害時薬事対応の原則はPPP〔pharmaceutical triage(災害薬事トリアージ)、preparation(準備)、provide medicines(医薬品供給・調剤)〕。
  • 災害時に薬物療法を継続するために薬剤師に求められる具体的な役割として、①支援物資や医薬品の仕分け、②代替医薬品の選択・提案・供給、③OTC医薬品による治療、④被災地の衛生管理、⑤被災地外から派遣された薬剤師の取りまとめがある。
  • がん患者さんが被災したときに最も注意すべきことは感染症である。
  • 普段から患者さんには自分の病気や治療について知っておいてもらうなど、平常時から災害時のポイントを薬剤師が指導する。
  • 災害大国に暮らす薬剤師として、今もし地震が起きたらどうするのかと普段から考え、災害時の業務や役割をおさらいしておくことも重要である。
  • 災害に強い薬剤師の育成が必要である。
  • 災害時にさまざまな専門性をもつ薬剤師が連携することで、被災者に少しでも安心してもらえる。
  • 災害医療においても病院薬剤師と保険薬局薬剤師との連携が必要である。
  • 災害医療に薬剤師として尽力することは社会的評価にもつながる。
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