医療安全への薬剤師の貢献〜多職種の目で多角的に見ることの意義

公開:2022年12月09日
更新:2024年01月

地方独立行政法人神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター

薬剤科科長 ※取材当時(現・神奈川県立循環器呼吸器病センター 薬剤科部長)
岸本 有佳 先生

薬剤科長補佐 ※取材当時(現・薬剤科長)
櫻井 学 先生

左から岸本先生、櫻井先生

 患者さんががん薬物療法を含めた医療を安心して継続するためには、医療安全の推進は欠くことができません。今回、医療安全の実現に尽力されてきた地方独立行政法人神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター薬剤科科長 岸本有佳先生、薬剤科長補佐 櫻井学先生にご登場いただき、同センターにおける医療安全に関する具体的な活動内容やその背景にあるお考え、薬剤師が貢献できること、そして多職種が関与することの意義などについてお話を伺いました。
(取材日:2022年7月6日、取材場所:横浜ロイヤルパークホテル)

はじめに

薬剤科の概要や方針

岸本 当院の薬剤科には、現在、常勤26名と非常勤1名の計27名の薬剤師が在籍しています。院外処方箋発行率が約91%に達するなか、「安全で質の高い薬物療法が行えるように取り組む」という方針を掲げ、がんセンターの薬剤部門として主に抗がん薬の薬学的管理を担っています。薬剤業務においては、調剤支援システムや処方監査システムを導入し医療安全に努めています。

病院における医療安全に関する具体的な取り組み

医療安全に関する基本となる5つの活動

岸本 当院には、医療安全に関する取り組みの全般を担う医療安全推進室が設置されており、その活動には、「安全管理体制の構築」、「医療安全に関する職員の教育・研修」、「医療事故を防止するための情報収集、分析、対策立案、フィードバック、評価」、「医療事故への対応」、「医療安全文化の醸成」という5つの基本柱があります(表1)。
このなかで薬剤科としては、医療安全に関する職員の教育や研修に携わるとともに、特に薬剤に関する医療事故や安全管理体制の構築について積極的にかかわっています。

表1 医療安全に関する基本となる5つの活動
①安全管理体制の構築
②医療安全に関する職員の教育・研修
③医療事故を防止するための情報収集、分析、対策立案、フィードバック、評価
④医療事故への対応
⑤医療安全文化の醸成

地方独立行政法人神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター薬剤科提供。

医療安全にかかわる組織体制

岸本 当院に設置されている医療安全推進室(図1)では、医師、看護師、そして現在は専従の薬剤師1名、医療技術部の医師1名と放射線管理者1名、事務職1名という多職種が参画する組織体制を取り、このメンバーで毎週会合を開き情報共有を行っています。
また、各部門から1名ずつと各病棟から看護師1名ずつが専任のリスクマネジャー(医療安全推進者)として選出され、リスクマネジメントを担当しています。
各部門や各病棟に所属する多職種の担当者が関与することで、病院全体で医療安全に取り組む体制が組まれています。

図1 組織体制における医療安全推進室の位置づけ地方独立行政法人神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター薬剤科提供。

医療安全にかかわる会議

岸本 まず医療安全に関する全体の企画や運営方針を総合的に管理する医療安全管理会議が設置されています(図2)。そして、現場の意見を反映させる場であるリスクマネジャー会議が毎月1回開催されており、専従の看護師や医師、薬剤師が1カ月間に発生した報告すべき事項や全体で討議すべきこと、継続している取り組みの経過報告などを行っています。リスクマネジャー会議での決定事項は、医療安全管理会議の議題に乗せられ最終決定が行われます。
その他にも、日々、発生するさまざまなインシデントに対応できるように領域ごとに分かれて、有害事象検討会議や医療ガス安全管理会議、医療機器安全管理会議などが常設されています。薬剤師は、このうち有害事象検討会議にもかかわっています。
また、リスクマネジャー会議で議題に上がり具体的に取り組むことが決まった案件について検討するために、ワーキンググループも設置されています。例えば、麻薬の管理に問題が発生した際には麻薬管理ワーキンググループや、院内で転倒・転落が増加した際には転倒・転落ワーキンググループを設置し、検討した結果をリスクマネジャー会議で報告して対応方針を決めるなどしています。常に院内の動向や状況を見極めて、それに合わせて対応できる組織体制を心がけています。
転倒・転落に関しては特に2020年頃から取り組み始め、4つの要因ごとに離床センサーグループ、睡眠薬グループ、靴グループ、チェックリストの有効性を検証するグループに分かれて分析を行ってきました。それぞれ例えば、離床センサーを適切に使用できているかなどの検討や、処方される睡眠薬の使用状況の確認、患者さんが履く靴と転倒の関係性の検証などを行いました。

櫻井 ワーキンググループにはいろいろな職種が参加しており、これによって発生原因に対する見方が多様になります。転倒・転落の場合、薬剤師はどうしても薬によるものではないかと考えますが、例えば、リハビリテーションにかかわる理学療法士などは、靴が引っかかるのが原因だろうかと推測し、院内売店ではどのような靴を販売しているのだろうかと考えるのです。離床センサーはベッドに取り付けられていますが、各病棟に設置されているベッドの種類や規格が異なっていることに、薬剤師はもちろん、病棟看護師でさえ知りませんでした。しかし、そのベッドを導入した臨床工学技士は把握しています。このように職種によって見方が大変異なり、いろいろな部署の人が混ざり合うことで、知らなかったことが明らかになり、多角的に見ることができるのです。

岸本 転倒・転落という1つの事象ですが、多職種によってさまざまな角度から検討することで、われわれも気づきを得られ、とても良い経験となりました。薬剤師は睡眠薬グループに参加しましたが、特に高齢者におけるふらつきや転倒につながりやすいとされる特定の薬剤に注目して、院内の使用状況や患者さんの年齢などの実態調査を行いました。そして、調査結果に基づいた睡眠薬の適正使用の呼びかけを行い、推奨案を作成し、まず2病棟からデモを実施し、その結果を検証しました。現在は全病棟に拡大し浸透してきています。中間分析では、転倒・転落は減少傾向にあることを確認できました。4グループによる活動のうち、どれが影響度が大きい要因かを評価するのは難しいですが、1つの事象として転倒・転落は減少しましたので、この取り組み全体としての効果はあったと考えています。

図2 医療安全にかかわる会議地方独立行政法人神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター薬剤科提供。

医療安全研修の実施

岸本 医療安全研修を年2回、開催し、全職員が必修で参加しています。その他にも適宜、医薬品や医療ガスなど各分野の医療安全研修を開催し、インシデント・アクシデント発生時には関連する研修を行う場合もあります。特にがんセンターである当院は麻薬の取り扱いが大変多いため、麻薬に関する医療安全研修を新人の入職時や関連する問題発生時などに行っています。

医療安全に関する報告体制

岸本 インシデント・アクシデント発生時などの報告体制としては、電子カルテ上にあるインシデント・アクシデントレポートシステムで各部門から報告できるようになっています。ここでは、インシデントやアクシデントの他にも、患者さんや家族からの暴言・暴力、特に重要な副作用や有害事象など各種の報告が可能となっています。

櫻井 基本的にインシデント報告では匿名性が求められ、誰が起こしたのかは問われない仕組みになっています。事象によっては難しい場合もありますが、誰でもどのようなことでも一通り報告を上げることが可能です。
課題としては、入力の手間がかかることもあって、報告を上げること自体を根づかせる難しさを感じてきました。自主性に任されているので、後述の医療安全文化の醸成にかかわりますが、職員全員が報告するのが当然であると認識するように推進していく必要があります。

医療事故発生時の対応

岸本 医療事故が起きた際には、第一に医療安全推進室の上席医師、または医療安全管理者に報告が来ます。インシデント・アクシデントレベルが高い場合、インシデント・アクシデントレポートによる報告は事後になり、発生した段階で第一報をもらいます。その一報を受けて、発生場所の状態や可能な場合は現場の保存などの調査に入ります。
高レベルの場合は匿名ではなくなります。しかし、事象にもよりますが、医療安全において大事なのは、起こしてしまった人を責めるのではなく、起きた原因や背景を明らかにすることです。調査をして原因追究をする目的は、次に同じことを起こさないためです。原因と対策を的確に判断することが医療安全推進室の役割であると思います。

櫻井 おそらくスタッフは、原則、責任の追及はないと信じてレポートなどの報告や対応をしていると思います。責任を問われることが前提であると、このような仕組みは成立しないでしょう。医療事故の内容にもよるかもしれませんが、環境的要因によって発生することが多く、院内においてその責任が問われることはありません。

医療安全文化の醸成

岸本 当院では、4月16日を「医療安全の日」と定めています。過去にこの日に当院で発生した重大な医療事故を受けて、全職員が振り返り、今後の取り組みなどを再度考える日となっています。また、過去の出来事を知らない新しい職員が入職しても、医療事故を風化させないように共通認識をもち、事故を受けて行われた対策を継承する意識を新たにする日です。
また、現在、全国的に11月25日を含む1週間を医療安全推進週間とする取り組みが行われるようになり、社会的にも医療安全が重要視されるようになりました。日常的に医療安全に取り組んでいますが、当院でも医療安全推進週間においては、院内全部署で一斉に今一度、確実に実践できているか振り返り、意識づけを行う機会としています。
その他、院内で医療安全ニュースを発行しています。各リスクマネジャーが当番制で毎月担当になり、例えば、所属部署でインシデントに関して実践している取り組みといった院内に周知したいことなどを掲載しています。医療安全ニュースは、医療安全に関する取り組みを院内に発信し知ってもらういい機会になっていると思います。
そして、医療安全の実現には、医療者だけではなく患者さんの協力も必要です。難しさを感じる一つに、患者さんに院内で名前を何度も名乗ってもらうことがあります。「何回も名前を聞かれる」という苦情はやはりありますが、医療安全上、重要な取り組みであることを患者さんに理解してもらい、病院として医療安全に取り組んでいる表れであると知ってもらうことも必要だと思います。

医療安全にかかわる患者さんからの相談への対応

岸本 医療安全に限ったことではありませんが、まずは患者支援センターの相談室で患者さんの相談や苦情をお聞きすることから対応が始まります。相談や苦情のなかで医療安全的な問題がある場合には、医療安全推進室や各部門に報告が来ることになります。例えば、「ここの床が滑りやすい」といったお話があれば、対応する部署でどのように改善できるかを考えていくことになります。また、患者さんから具体的な質問やご要望があれば、院内で情報共有され、その回答を毎月、院内掲示板に貼り出すこともしています。

2022年度の医療安全目標を病院として設定

岸本 当院では、毎年度、医療安全目標(表2)を設定していますが、2022年度は、まずは、「患者誤認の防止」として、書類関連の誤認ゼロを掲げています。現在、同意書や検査指示書など患者さんに交付する書類が大変多くなっており、間違った患者さんに渡ると個人情報の漏洩になってしまいます。そこで、今年は書類関連の誤認防止に取り組もうと目標を設定しました。
「転倒・転落の防止」も目標に設定しています。高齢化が進んでおり、転倒・転落が原因の骨折から廃用症候群に至ってしまうと受傷前への復帰が困難になるため、継続して取り組んでいます。
また、「インシデント報告の充実」を目標に掲げ、具体的にはレベル0または1の報告割合を80%以上にすることをめざしています(表3)。レベル0は、患者さんには何も起こっていない状態ですが、これが積み重なった延長線上に高レベルの事案があります。レベル0や1の報告を漏れなく上げてもらい、そこから改善点を見つけることで、高レベルの発生を抑えていく取り組みをしていきたいと考えています。インシデントを報告する習慣をつけるのは、当院でも難しさを感じています。「インシデント報告をしてしまった」という懲罰を受けたような気持ちになりがちですが、それは懲罰などではなく、業務改善につなげるために報告してもらうものなのです。
他には、「医薬品管理の徹底」として特に麻薬関連のインシデントゼロという目標や、特定機能病院の受審を目標とした「医療安全体制の整備」を掲げています。

表2 神奈川県立がんセンターにおける2022年度の医療安全目標
①患者誤認の防止:書類関連の誤認ゼロ。
②転倒・転落の防止:年間発生件数の低減(250件以下)。
③インシデント報告の充実:全職種からの報告数の増・レベル0/1報告割合を80%以上にする。
④医薬品管理の徹底:麻薬関連のインシデントゼロ。
⑤医療安全体制整備:特定機能病院受審を視野に入れた課題整理。

地方独立行政法人神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター薬剤科提供。

表3 インシデント・アクシデントレベル

地方独立行政法人神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター薬剤科提供。

多職種が参画する薬剤ワーキングによる医療安全への取り組み

櫻井 神奈川県立病院機構では、毎年度、ヒヤリ・ハット事例およびアクシデントを公表していますが、当院の発生件数のうちおよそ4割を薬剤関連が占めています(図3)。2018年には、そのうち麻薬関連の件数が増加し対策を取る必要性が出てきていました。また、該当部署と医療安全推進室がやり取りをして分析、対策を検討する流れでしたが、その頃、該当部署での対応に限界が出始めていました。
そこで、当時は麻薬に関して一部署と薬剤師が直接話す機会が十分にはなかったため、まず麻薬にかかわるには薬剤師が必要であるという判断に至りました。また、医療安全推進室が一部署と薬剤師の両者をつなぐ共通の存在だったことから参画することになり、看護師、薬剤師、医療安全管理者からなる6名の多職種で「薬剤ワーキング」という取り組みを始めることになりました。
薬剤ワーキングでは、まず現状を把握し、麻薬がどのように管理されているかを確認し、そこで出てきた問題点を解決していきます。実際に確認してみると、麻薬管理マニュアルは存在していましたが、現場レベルでの具体的な指示はなかったので、各部署で昔から行っている管理方法が踏襲されていました。つまり、管理基準は遵守されているものの、各部署特有の方法が多数存在していたことが判明したのです。そこで、管理方法を統一する必要性を考え、麻薬金庫の使い方や、金庫内での麻薬の管理方法、麻薬を患者さんへ処方する際に払い出す与薬方法、頓服薬と定時薬の指示のしかたなど詳細なルールの統一を行いました。
この薬剤ワーキングは、麻薬からスタートしましたが、現在でも継続しており、さまざまなテーマを扱っています。後述の浴室での転倒も取り上げたテーマの一つです。

岸本 もともとは薬剤の問題に対応しようと立ち上げたので「薬剤ワーキング」という名称になっていますが、現在はその延長線上でさまざまな取り組みを行っているため、「医療安全ワーキング」と言ってもよいかもしれません。一つの事象を多方面から見ることが重要だと考えています。

図3 神奈川県立がんセンターにおける2021年度ヒヤリ・ハット事例、アクシデントの件数内訳地方独立行政法人神奈川県立病院機構神奈川県立がんセンター薬剤科提供。

多職種によるインシデント・アクシデント対応 〜院内浴室で転倒し骨折、手術に至った事例の分析、対策検討

櫻井 多職種がかかわり多様な視点をもつことによってインシデント・アクシデントへの分析、対策検討がスムーズに進んだ事例をご紹介したいと思います。
院内の浴室で転倒して骨折し手術を行った重大なインシデント・アクシデントレベルの事例がありました。分析、対策検討にあたっては、まず何が要因や背景にあったのかが焦点になります。環境の要因も考えられますし、高齢など身体的な要因があったかもしれません。自宅のお風呂場とは異なる構造という要因もあります。薬剤師であれば薬の影響を考えるでしょう。
そこで、医師、看護師、薬剤師、事務職でラウンドし、現場を確認していくと、まず環境に注目すると当時は滑りやすい床だったという事実がありました。そして、浴室の前にマットが敷かれていないことに気づきました。自宅であればお風呂場の前には通常マットが敷いてありますが、病院では衛生的ではないという理由からマットを敷く習慣がなかったのです。実は、発生時に、患者さんは自分の体を拭くタオルをマット代わりに使っており、それが今回滑った原因だとわかりました。
そこで、対策として、病院では常時、マットを敷けないならば、使い捨てマットの導入が可能か検討することになりました。そして、誰がその費用を負担するのかが焦点になり、患者さんの入院セットに組み込めるだろうか、患者さんによって入院日数が異なるので難しいのではないか、と議論が進みました。さらに、床の滑りやすい場所を改装してはどうか、滑りにくい材質のマットはあるか、手すりをつけてはどうか、といった話が展開されていきました。それらの対策には予算が必要ですが、医療者は詳しくないので、そこで事務職の力が不可欠となります。
このときは、みんなの意見が早いスピードで集約され分析が進み、一緒にラウンドしていて良かったと心から思いました。薬剤師は早々に思考が薬に向かい、「この人は何の薬を飲んでいたのだろう」などと考えますが、現実は必ずしも薬ばかりではないのだと思い知らされた事例でした。

医療安全において薬剤師が貢献するための課題やポイント

岸本 まだ一人一人の薬剤師が医療安全活動について十分に認識するまでには至っていないと思っています。医療安全を考える際には、少し離れた目で見る必要があります。一つの治療をするに当たって、医療安全上どのような課題があるのかを見抜くことができるようになるには、通常の仕事をしているだけではなかなか難しいものです。そのような考え方を個々の薬剤師にどのように認識してもらうかが、今後の課題と言えると思います。それを実践できるようになると、おそらくもう少し進んだ医療安全を実現できることになり、医薬品の管理においても貢献度がさらに高くなると思います。それが当院薬剤師の課題だと感じています。
私自身もそうですが、薬剤師の目はやはり医薬品関連の問題に行きがちです。現在、チーム医療が叫ばれているなかで、いろいろな職種の方と話す機会を得て、知らなかった見方に気づかされることもあり、多職種とコミュニケーションを取ることは大変重要だと思います。

日本医療安全学会認定資格「高度医薬品安全推進者」の概要、意義

「高度医薬品安全推進者」認定制度を医療安全に活かす

岸本 医療安全がクローズアップされてきた頃に、当院の医療安全推進室の室員になるための要件として医療安全に関する研修を受講する規定があり、そこで、私は高度医薬品安全推進者の講座を受ける機会を得ました。また、当時は当院に医療安全推進室が新設されたばかりでしたが、薬剤師として意見を求められる機会があり、インシデント・アクシデントを起こしてしまった方と面談をするなどしましたが、どのように対応すべきか、やはり医療安全に関する勉強をしておかないと活動が難しいと感じていました。
高度医薬品安全推進者の認定研修では、しっかりとしたプログラムが組まれており、医療安全に関する考え方などを理解しやすく、医療事故を起こしてしまった方の保護や、どのように原因を追究し背景を探っていくかという具体的な方法を学ぶことができたので、その後の活動に役立ちました。
発生した医療事故の対策を検証する際には、医療事故を起こしてしまった側とそれを指導する側に分かれて立つことになります。誇張して言えば、裁判官と被告のようになる恐れがありますが、その関係では起こした人が萎縮してしまい、正直に答えられなくなったり、本来の原因が見えなくなったりするので、その状況をどのように打開するかが大切です。
資格取得まではしなくても、現在は、医療安全に関するさまざまな研修も開催されているようですので、それらも活用して基本的な考え方などを身につけてもらうと医療安全の活動がしやすくなると思います。

おわりに

がん薬物療法において病院・保険薬局薬剤師が果たすべき役割

櫻井 がん薬物療法においては、今まで病院薬剤師は経口抗がん薬への関与が十分ではなく、現在もその傾向は強いと思います。その点は、連携充実加算によって保険薬局へ情報提供して連携をする方向性が国によって示されました。ようやく連携が文字通り充実し始めて、今、入口に来ているという感覚をもっています。
私たち病院薬剤師は、実際に患者さんが自宅にいるときの状況が見えていないという弱点がありました。しかし、保険薬局薬剤師の多くは、患者さんの生活や家族の背景などを知っていると思います。その情報を病院へフィードバックしてもらうことで、よりよい医療につなげる時代の入口に来たと考えています。さらに充実させ、次の時代を迎えることができればと思っています。
そして、病院薬剤師と保険薬局薬剤師は、お互いにまだ勉強すべき点があると思います。情報の提供のしかた、受け取り方、戻し方なども工夫できる余地があるのではないかと感じています。例えば、情報共有にお薬手帳を利用することが多いですが、他にも有効な方法が登場してきていると思います。一方で、災害時などを考慮するとやはりお薬手帳は素敵なツールだとも感じており、紙と電子のお薬手帳のどちらがよいのかなど常々悩んでいます。また、病院と保険薬局で情報共有するためのルートは現在ありますが、より一層、多くの情報をやり取りできるようになるとさらに理想的だと思っています。

岸本 現在、当院でもがん薬物療法に関する専門薬剤師研修のために保険薬局薬剤師を受け入れています。今までは病院と保険薬局の間でなかなか顔の見える関係ではありませんでしたが、研修会を合同で開催するなど少しずつ関係が進展していると思います。顔の見える関係になれば連絡を取りやすくなるなど利点が生まれますので、がん患者さんのために治療の質向上につながってほしいと願っています。

医療安全やがん薬物療法への貢献をめざす薬剤師、次世代を担う若手薬剤師へ

櫻井 医療の現場では、いろいろな場面でさまざまなことが起こり、特に医療安全の分野では予期しないことが多数発生します。そのため、薬剤師の方々には、ぜひ「考えて行動する」ことをベースにしてほしいと思っています。医療安全の観点からも業務を統一化するためにマニュアルは必要ですが、一方で、マニュアルにないことはできないのでは問題です。「なぜマニュアルに書かれているのか」、「なぜ行うのか」という背景にある目的や意図を常に考えながら行動する習慣を身につけていれば、マニュアルがない場面に遭遇しても自分で正しい判断ができるのではないかと思います。
さらに、「根拠をもって行動してほしい」とも伝えたいと思います。私が若い頃を振り返ると、医師と話すときは、根拠をもって話すとスムーズに受け入れてもらうことができました。それを最も感じたのはTDM(therapeutic drug monitoring、治療薬物モニタリング)です。薬剤師から数値を見せられると、医師は大抵受け入れてくれるものです。文献などに基づいて科学的根拠を示すと理解してもらいやすいと思います。

岸本 院内外も含めてですが、私たちが当院に入職した頃と比べて、免疫チェックポイント阻害薬が登場するなど、がん薬物療法を取り巻く環境は格段に変化しています。また、病院のみならず、現在では保険薬局においても、より患者さんに近い距離で薬剤師の仕事をする時代に変化してきました。しっかりと踏ん張って、そこでどれだけ成果や実績を積めるかが大事だと考えています。これからの時代は薬剤師に変革が求められると思います。若い世代の薬剤師の方々には、少し我慢が必要かも知れませんが、新しい時代の流れに遅れずに乗って頑張ってほしいと思います。

POINT

  • 各部門や各病棟から多職種の担当者がリスクマネジャー(医療安全推進者)などの役割で関与し、病院全体で医療安全に取り組むことが大切です。
  • 院内の医療安全に関する動向や状況を見極めて、それに合わせてワーキンググループを設置するなど組織体制を作ることが大切です。
  • インシデント・アクシデントの検証や対策検討にあたっては、多職種が参加することによって多様な見方ができます。
  • がん薬物療法では麻薬の取り扱いが多くなるため、麻薬に関する医療安全研修を行うことも大切です。
  • 医療安全において大事なのは、責任の追求ではなく、起きた原因や背景を明らかにし、次に同じ医療事故を起こさないことです。
  • 医療安全推進週間や医療安全に関する広報などを活用して、安全文化を醸成することも必要です。
  • 医療安全の実現には、医療者だけではなく患者さんの協力も必要です。
  • 患者さんからの相談や苦情のなかに、医療安全に関する課題を見つけられることがあります。
  • 薬剤師は、インシデント・アクシデントの要因として薬を念頭に置きがちですが、必ずしも薬ばかりが要因ではないと認識することも大切です。
  • 薬剤ワーキングのように看護師、薬剤師、医療安全管理者といった多職種の関与によって、一つの事象を多方面から見ることが重要です。
  • 医療安全を考える際には、薬剤師の日常業務とは異なる少し離れた目で見る必要があります。
  • 医療事故の原因追究や起こしてしまった方の保護などの具体的な方法について、資格取得や研修参加などを活用して基本を身につけておくと医療安全の活動がしやすくなります。
  • 医療安全も含めて、薬剤師は、考えて行動すること、根拠をもって行動することが大切です。
  • がんの薬物療法を取り巻く環境は格段に変化し、薬剤師に変革が求められており、過渡期の厳しさを乗り越えて成果や実績を積むことで次の時代に進むことができます。
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