公開:2023年2月1日
更新:2024年1月
肺がん専⾨医を志す若⼿医師へ
~⾃分が貢献できることは何かを考えよう~
かつては非常に困難な病気とされていた肺がんですが、薬物療法の進歩によってそのイメージが徐々に変わりつつあります。分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬といった新たな治療選択肢が増え、予後の延長が期待できる時代となってきました。
こうした成果の裏には、本邦においてドラッグラグが叫ばれていた状況を打破すべく、世界標準の臨床試験へ参画し、日本におけるエビデンス構築に尽力してこられた医療者たちの存在があります。その1人として、世界的な臨床試験に積極的に携わる野上先生に、治療を変革させる醍醐味や若手医師へのアドバイスについてお話をお伺いしました。
(取材日時:2022年3月25日(金) 取材場所:ホテルマイステイズ松山)
愛媛⼤学⼤学院医学系研究科
地域胸部疾患治療学講座 教授
野上 尚之 先⽣
第1回 肺がん薬物療法の歩みを振り返って
第1回では、野上先生のこれまでの歩みを振り返っていただきながら、治験参加を志した経緯や、治験に取り組む意義や魅力について伺います。
―肺がんを専門とされる呼吸器内科医としてのご経験と、薬物療法の変遷についてお聞かせください。
抗がん剤の副作用で苦しむ患者さんを目の当たりにした最後の世代
私が医師になったのが1993年、シスプラチンが当時化学療法の主力でプラチナ併用化学療法の第2世代から第3世代に移行する過渡期のころです。1年目の研修医をしていた際にちょうど岡山大学病院でゲムシタビンの治験患者さんを担当していたのでよく覚えています。その年には悪心・嘔吐に対する支持療法としてセロトニン受容体拮抗薬も登場しましたが、それでもまだ副作用に苦しんでいる患者さんがたくさんおられました。当時はまだそんなことを議論することさえはばかられる時代ではありましたが、若く不勉強な私でさえ効果と毒性のバランスについて疑問をもたざるをえないような時代でした。
衝撃を受けた薬剤との出会いー分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬の登場
そんな時代から今日に至るまで、肺がんの薬物療法はずいぶんと進歩しましたよね。中でも私にとって衝撃を受けた薬剤との出会いが3つあります。
1つ目は肺がんにおける最初の分子標的薬ゲフィチニブです。ドライバー遺伝子であるEGFR遺伝子変異が発見される前のことです。従来の細胞傷害性抗がん剤(以下、従来の抗がん剤)治療では限界を感じていた私は、本薬剤を使用し、衝撃を受けました。後でわかったことですが、当時の中四国地方でゲフィチニブを一番使っていたのが私でしたが、あれほど大問題になった薬剤性肺障害に運よく最初の1年ほどは全く遭遇せず、当時の大学の上司に『ちゃんと胸部Xp見てんのか?』と、まるで見落としているかのように言われ、反発したのをよく覚えています(笑)。
2つ目は、血管新生阻害薬です。肺がんではEGFR、ALK、ROS1などといったドライバー遺伝子変異を標的とする分子標的薬が奏効することがわかっています。その一方で、従来の抗がん剤の効果には限界があります。ところが、従来の抗がん剤に血管新生阻害薬を併用すると、組織への薬物移行率が向上する、いわばドラッグデリバリーの改善みたいなことの先駆けのような薬剤で、予後の延長が認められたこと以外にその効果の切れ味も非常に衝撃的で開発治験に関わった薬剤の中でも印象的なものの一つです。
さらに3つ目は免疫チェックポイント阻害薬です。これも従来の抗がん剤とは趣が大きく異なり、免疫系を介してがん細胞を攻撃する薬剤となります。免疫チェックポイント阻害薬の特徴は、効果は患者さんによって分かれますが、今までの薬剤では得られないような長期奏効が得られる方も存在することです。しかし、どのような患者さんによく効くのかについてはまだ十分には解明されていませんし、いつまで継続するのか、そもそも治療を永久に継続しないといけないのか・やめることができるのかなど、解明されていない部分が多々あります。その原因を解明することによって、適切な患者さんへ免疫チェックポイント阻害薬を使えるようにすることが、私たちにとっての今後の研究課題となっています。
―治験に参加するようになったきっかけ、治験に参加する意義とは。
各地の患者さんに開発中の薬剤を届けるために
以前は、海外で既に承認された抗がん剤が、やや遅れて日本に導入されているといった状況でした。しかし、2000年代以降は世界と同時に日本も開発治験に参加することが標準となり、そのような問題は徐々に解消されていきました。一方、当時の四国地方ではほとんど治験に参加している施設がなかったので、当地の患者さんは日本の他の地域で実施している治験に参加できないといった問題があり、その様な状況を憂慮し、私は積極的に治験に取り組むようになりました。その当時の施設では、有り難いことに同僚医師やメディカルスタッフも治験参加に熱心で、同世代だったCRC(臨床研究コーディネーター)のリーダーも真摯に取り組んでくれました。その結果、医療者や患者さんの協力によって、いくつかの治験の中心的役割として多くの試験に参画することができました。何より嬉しかったことは、地元の患者さんに、発売前の新薬の恩恵を受けていただけたことです。ある治験では、患者さんから「参加して本当に良かった。治験に参加してよかったという俳句を詠んだら(いかにも正岡子規を輩出した愛媛的ですが)新聞に載ったよ。」という感謝の言葉をいただきました。こうした治験参加の魅力を若い医師にも感じて欲しいと思っています。
自分が貢献できることが何かを考えて
私は「自分が貢献できることは何か。無能な自分が医学の進歩に役立てることがないか」ということをずっと考えてきたように思います。私にはノーベル賞はいうまでもなく、単独で画期的な医学の進歩に貢献できるような実力は持ち合わせていません。それは、自分が一番よく認識しています。では、そんな私が少しでも医学の進歩に役立つにはどうしたらいいか、を考えた場合、一人では微力な私でも治験に参画することによって、新薬の開発に貢献できる、地域の患者さんに治験参加という機会を提供できるようになる…ことかな…と思ったのです。また、日本中の同じ思いを持った同世代の多くの先生方と協力をすることによって、今までなかった新しい治療薬を届けることができた、『俺にでもやれることあるやん!!』と思えたことが大きかったように思います。
10年先の未来が見られるかもしれないのが治験の魅力
新たな薬剤を開発することの魅力は、おそらく今の若い医師の皆さんも感じてくれていると思います。以前は分子標的薬が効かなくなれば化学療法をするしかありませんでしたが、今では次の第二世代、第三世代などの選択肢がある場合もあります。それ等を上手に使って、より長く薬物療法を継続することができれば予後が延長する可能性も期待できます。
治験に参加すると、「この薬はきっと世の中を変えるだろうな」という手応えを感じられる瞬間があります。患者さんの笑顔に出会えることはもちろんですが、他の医師より3年か5年、ひょっとしたら10年先のがん治療の未来を見られるところも治験の面白さ、魅力だろうと思います。
―肺がんの薬物療法の現在と今後の展望についてお聞かせください。
告知をためらう時代からIC(インフォームドコンセント)の時代へ
ICが普及したことにより、メリットとデメリットをしっかりと説明して治療選択肢を示すことできるようになりました。それにより、患者さんが自ら考える機会となり、ご自身にとって望ましい判断ができるようになってきているのではないかと思います。全身状態が良好な患者さんなら、医者から『肺がんです』と言われれば多くの患者さんが治療を希望されるでしょう。しかし、加えて『Ⅳ期なので化学療法が治療の中心になりますが治癒は難しい状態です』といえば、じゃあ化学療法は副作用があるのでしません…という人が一定数いらっしゃいます。もちろん副作用があることは事実なのですが、どんな副作用がどれくらいの頻度で出現し、それに比してどれくらいの効果が得られるか、だとか、じゃあ化学療法をしなかったとして今のような良い状態がそんなに長く続くわけではないことをきちんとお伝えしないと、患者さんは正しい判断はできないわけです。効果や副作用ばかりを強調するのは良くありませんが、治療のリスクとベネフィットを十分にお伝えしたうえで、納得して治療を決めていただくためにもICは必要です。
私が医者になったばかりの昔は「本人に言わないでおいて欲しい」というご家族が多かったのですが、今は「本人にも話してください」とあらかじめいうご家族が多くなりました。様々な要因が考えられますが、以前に比べ肺がんに対する治療選択肢が増えたことによって、病気を受け入れた上でがんと闘おうと思う方が増えてきたのではないかと思います。
地域の中で診断から治療まで完結することを目指して
そう遠くない将来には、がんは特殊な病気ではなくなり専門病院で治療するべき疾患という考え方の時代ではなくなると思います。糖尿病や膠原病がそうであるように、特殊なケースでは専門病院に行く必要はあっても、多くの場合は地域で診断から治療までを完結できるような、がんも慢性疾患の一つになる時代になるのではないでしょうか。通常の分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬ならば地域の病院で使えるようになって欲しいですし、そのためにもより毒性の少ない治療薬の開発がますます必要になってくると思います。いきなりそういった時代は来ないまでも、今のコロナ時代の医療の過渡期の中で、治療効果の判定のために3ヵ月に1度くらいは患者さんが専門病院に来院するが、治療の中心は自宅近くの地域の医療施設が担当するなど医療連携することで、遠くの基幹病院への通院回数を少なくする工夫をすれば患者さんも家族も、そして医療者側も負担が軽減されるでしょう。
第2回では、後進の育成についての取り組みや、若い医師へ伝えたい思いについて伺います。
肺がん専⾨医を志す若⼿医師へ
~⾃分が貢献できることは何かを考えよう~
2023年02月01日公開
愛媛⼤学⼤学院医学系研究科
地域胸部疾患治療学講座 教授
野上 尚之 先⽣