公開:2024年10月11日

医学会活動を通じてがん医療に貢献するために
〜がんプロフェッショナルの育成をめざして

医学会とは同じ志を持つ医師たちの組織であり、最新の知見が集まるだけでなく、新進の教育を担ったり、専門家の総意をまとめて世に発信したりと、さまざまな側面から医療を支えます。

土岐先生は日本癌治療学会、日本食道学会の理事長、またそれぞれの学会で将来計画委員長、将来構想検討委員長など要職を務められ、アカデミアを代表する立場として国の会議にも参加されています。第1回では学会がどのようにがん医療に貢献しているのかについて、第2回では、がんのプロフェッショナルを育成する上でのお考えや若手医師へのアドバイスについて伺っていきます。

(取材日時:2023年6月13日(火) 
取材場所:千里阪急ホテル)
大阪大学医学部医学系研究科 外科学講座消化器外科学
教授 土岐 祐一郎 先生

第1回 がん医療を支える医学会活動の現状

土岐先生は国のがん対策推進協議会の議長として、「第4期がん対策推進基本計画」の策定に関わる立場にいらっしゃいます。第1回ではがん医療の課題と、その解決に医学会の活動がどのように寄与しているのかを伺いました。

―国が取り組むがん医療の課題についてお聞かせください。

第4期がん対策推進基本計画~誰一人取り残さないがん対策を目指して~

2023年3月に閣議決定された「第4期がん対策推進基本計画」では、その全体目標が「誰一人取り残さないがん対策を推進し、全ての国民とがんの克服を目指す」と設定されました()。

こうした目標設定の背景には、日本でさまざまな格差が広がっていることがあります。経済的格差の問題だけではなく、がん治療の均てん化という視点からは、過疎地域の患者さんが取り残されるという課題があります。ほかにも高齢者や障害者、患者数が限られる小児がん・AYA世代のがん、希少がんといった患者さんも取り残されがちな患者さんと言えるでしょう。本計画では、この目標を支える基盤としてがんゲノム医療の推進、人材育成の強化、がん教育及びがんに関する知識の普及啓発などが求められることとなりました。

厚生労働省:第88回がん対策推進協議会(令和5年4月28日)資料1 
https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/001091843.pdf 2023年8月閲覧

高まるゲノム医療への期待

例えば、現時点で治療薬がほとんどない希少がんで、もし遺伝子パネル検査で標的遺伝子が見つかれば有効な薬剤が見つけられる可能性があり、遺伝子パネル検査を普及させる意義は大きいと言えます。しかし、遺伝子パネル検査で調べられるのは実のところ全ゲノムの0.02%に過ぎません。将来的に全ゲノムの検査ができれば、使える薬剤がもっと見つかる可能性が高くなると考えられます。

ゲノム医療の実現が難しい背景には、標的分子が発見されたとしてもそれに対し有効な薬剤がないという場合と、標的分子そのものが見つかっていないという場合があります。有効な薬剤がないのであれば基礎研究による薬剤の開発へと進むことができますが、標的分子が見つかっていないのであれば、それこそ残りの全ゲノムを調べなくてはならないことになります。今はまだデータを収集している段階ですが、これからは遺伝子パネル検査から全ゲノム解析への時代となっていくはずです。

日本癌学会、日本臨床腫瘍学会、そして土岐先生が理事長を務める日本癌治療学会の3学会は、がん領域において歴史、規模からみても実績のある学会です。今日のゲノム医療の礎を作るべく、3つの学会は合同で様々な活動を行ってきました。

―3学会によるゲノム医療推進の取り組みについてお聞かせください。

がんゲノム医療推進の基盤となった「3学会合同ゲノム医療推進タスクフォース」の活動

ゲノム医療時代の到来にあたり、遺伝子パネル検査の適切な運用が求められることが見込まれました。3学会ではゲノム医療の基盤づくりを目指し、「3 学会合同ゲノム医療推進タスクフォース」という形でさまざまな検討を重ね、厚生労働省への提言等を行ってきました。

2つのがん遺伝子パネル検査(包括的がんゲノムプロファイリング(CGP)検査)が初めて薬事承認されたのは2018年12月のことです。その後、2019年6月に保険適用となりました。3学会ではこれに先立って2017年11月に「次世代シークエンサー等を用いた遺伝子パネル検査に基づくがん診療ガイダンス」を策定しており、全国のがんゲノム医療中核病院ではそのガイダンスに沿った包括的ゲノムプロファイリング検査が実装されました。その保険適用の開始を受け、2021年には「保険診療下でのがんゲノム医療の課題に関する要望書」として、次年度の診療報酬改定に向けて同検査の運用上の問題点について改めてアカデミアの立場から厚生労働省への進言をまとめました。また、同年の血漿検体を用いた CGP検査の保険適用についても、その使用に関する考え方をまとめた「血中循環腫瘍 DNA を用いたがんゲノムプロファイリング検査の適正使用に関する政策提言」を発出しています。このような提言やガイドライン作りについては、専門分野によっては小児がんや遺伝学などの関連学会も連名で活動しています。

一般市民への広報活動「がんゲノムネット」

ゲノム医療という新しい治療が始まるにあたっては、患者さんの理解を得ないことには始まりません。3学会では一般社会への情報提供にも取り組み、社会に正しいゲノム医療を提供するために、2020年にがんゲノムネット・ワーキンググループを組織しました。厚生労働省科学研究費を用いて「よくわかるがんゲノム医療Q&A」を刊行し、WEBサイト「がんゲノムネット」上で公開しています。記事については3学会から推薦された専門家が、患者さんやご家族をはじめとした一般の方にわかりやすく説明しています。

日本臨床腫瘍学会・日本癌治療学会・日本癌学会が運営する「がんゲノムネット」:
https://www.cancergenomenet.jp/index

今後の展望~全ゲノム解析の実用化を目指して

このように3学会はゲノム医療推進に向けて土台作りを担ってきましたが、最初の遺伝子パネル検査の保険適用から数年たった今、全国に13ヵ所あるがんゲノム医療中核拠点病院が順調に稼働して中心的な役割を担っています。拠点病院は今出来ているシステムをいかに適切に実施していくかに注力し、医学会としては新たな知見を反映した提言を続けるという役割を果たしていくと思います。

全ゲノム解析については、実施できても保険診療には至らない段階です。将来性はありますが、まだ研究段階であるということを念頭に置き、患者さんにも説明する必要があります。今後、データの収集がより早く進み、実用化されることを願っています。

医学会は課題や解決方法を検討したり、社会に対して正しい情報を発信したりと、専門家の組織としてあらゆる側面から医療を支えていることが3学会合同の活動の例からわかりました。

第2回では、外科医育成についての土岐先生のお考えや、若手医師における学会参加のメリットなどについてお話を伺います。

医学会活動を通じてがん医療に貢献するために
〜がんプロフェッショナルの育成をめざして

土岐祐一郎先生

2024年10月11日公開
大阪大学医学部医学系研究科 外科学講座消化器外科学
教授 土岐 祐一郎 先生

土岐祐一郎先生